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立川流彫刻がすき!

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コミュ内全体

詳細 2017年2月5日 10:23更新

東海地方を中心に西は京都、東は千葉にかけて
社寺や山車などに多くの作品を残した、
信州諏訪の立川和四郎とその一門。

幕末の左甚五郎と称えられ、
写実性に富み、木目を生かした繊細にして
精緻な作風に魅了された人集まれ〜わーい(嬉しい顔)


初代 立川和四郎冨棟(1744〜1807)
二代 立川和四郎冨昌(1782〜1856)
三代 立川和四郎冨重(1815〜1873)
四代 立川和四郎冨淳(1847〜1888)
立川治右衛門冨保(1785〜1859)
立川専四郎冨種(1817〜1887)
立川常蔵昌敬(1802〜1863)
立川湘蘭(1864〜1943)
その他一門


☆歴史☆
初代冨棟は諏訪高島藩の桶職塚原忠右衛門の子として生まれ、
14歳で江戸本所立川通に住む幕府御用で大隈流宮大工立川小兵衛冨房の弟子となり、立川姓と冨の字をもらって「立川冨棟」と名乗り立川流を称する。
その後宮彫りを学ぶため、再び江戸に出て小沢五右衛門常足の元で建築彫刻を学ぶ。
諏訪に帰郷後は角間町に小沢屋を開き、
当時諏訪で主流だった大隅流と競合しながら次第に名声を広め、
諏訪大社下社秋宮・善光寺など信州をはじめ、
飛騨・美濃・甲斐・遠江・尾張・三河にその作品を残す。
享和2年(1802)駿府城代松平信濃守忠明の推挙により、
徳川幕府直営による「静岡浅間神社」造営工事の彫物大工として認められ、幕府より「内匠」の称号を賜る。
その後二代冨昌によってその作風は確立され、長野県に留まらず京都御所御門の彫刻を施し、娘婿の昌敬や三代冨重の活躍もあって、岐阜や山梨、愛知県半田や常滑、静岡県掛塚や掛川の社寺や山車彫刻、滋賀県日野の曳山などに数多くの彫刻を残した。


☆立川流所有者(団体所属)の人
☆立川流彫刻を見て感動した人
☆社寺・山車彫刻に興味のある人
☆彫刻師
とにかく社寺・山車・建築彫刻に興味のある人どしどし参加しちゃってくださいexclamation ×2

トピ自由に立てて交流しましょう。


☆足跡帳☆ 
はじめましてのご挨拶はこちらへ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=36933780&comm_id=3826735

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2008年11月11日

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