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ランディ・サベージ

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コミュ内全体

詳細 2015年3月21日 22:54更新

■ランディ・サベージ事故死■

2011年5月20日、2009年モデルのジープ・ラングラーでフロリダのハイウェイを運転中に、心臓発作を起こしたらしく、コントロール不能に陥り、中央分離帯を飛び出し、反対側の道路脇の木に正面衝突。すぐに病院に搬送されたものの現地時間20日、息を引きとったという。車には妻のリン ・ペインさんが同乗していたが軽傷だった。ランディさんとリンさんはシートベルトは着用しており、アルコールも検出されなかった。

心よりご冥福をお祈りいたします。


リングネーム ランディ・サベージ

本名 ランドル・ポッフォ

ニックネーム "マッチョマン"ランディ・サベージ("Macho Man" Randy Savage)
マッチョ・キング("Macho King")
身長 186cm,体重 111kg

誕生日 1952年11月15日

命日 2011年5月20日(58歳)

出身地 イリノイ州ダウナーズグローブ

スポーツ歴 野球,ボディビル

デビュー 1973年

アラブ系アメリカ人。父のアンジェロ・ポッフォもプロレスラーで2世レスラー。
弟の"ジーニアス"ラニー・ポッフォもプロレスラー。WWFやWCWで活躍した。


タイトル歴

WWF
WWF世界王座 : 2回

IC王座

キング・オブ・ザ・リング優勝 (1987年)

WCW
WCW王座:4回

その他
中南部ヘビー級王座 : 2回

中南部IC王座 : 1回

USWAヘビー級王座 : 1回

WWC北米ヘビー級王座 : 1回

はじめましてはこちらでお願いします。http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=36703473&comm_id=3808990&


サベージはプロレスラーになる前は、セントルイス・カーディナルス、シンシナティ・レッズ、シカゴ・ホワイトソックスのマイナーリーグでキャッチャーとしてプレイ、肩の故障(原因は趣味でやっていたボディビルで無駄な筋肉をつけてしまった為)でプロの野球選手になる夢を断念。その後、レスラーで父親でもあるアンジェロの指導を受けプロレスラーへ。1973年11月にプロレスデビュー。全米各地を転戦したのち1978年からは父親が設立したテネシー州のインディー団体ICWで弟のラニーと共に活動をしていたが、経営の悪化により1983年にはジェリー・ローラーがプロモーターを務める、同州メンフィスのUSWAに移ることになる。1984年には、後にマネージャーとなるエリザベスと結婚。


1985年に、マネージャーで妻であるエリザベスと共にビンス・マクマホン率いるWWF(現WWE)と契約、「Oooh Yeah!!」のキャッチフレーズと共にすぐにトップヒールの地位まで登りつめ、翌年にはティト・サンタナを破りIC王座を奪取。
1987年にミシガン州で開催されたレッスルマニア3では、リッキー・スティムボートとのIC王座選手権試合にて歴史に残る名勝負を繰り広げる。IC王座から転落するとすぐにベビーフェイスに転向し、エリザベスとの二人三脚で人気をさらに集め、1988年にニュージャージー州アトランティック・シティで開催されたレッスルマニア4のWWF世界王者決定トーナメント決勝でテッド・デビアスを破りWWF世界王座を獲得し、WWFのトップスターになる。
1988年にハルク・ホーガンとのタッグチーム 「メガ・パワーズ(The Mega-Powers)」を結成。サマースラム 第一回大会のメインでアンドレ・ザ・ジャイアント&デビアス組と対戦。ホーガンとのタッグは後にエリザベスを巡る嫉妬から解散し、ホーガンとの抗争に発展する。
1989年のレッスルマニア5でハルク・ホーガンに敗れ、WWE世界王座とエリザベスを失う。
エリザベスの代わりとなる新しいマネージャーセンセーショナル・シェリーを従え、リングネームをマッチョマンからマッチョ・キングに変更し再びヒールに戻り、アルティメット・ウォリアーとの抗争に入る。
1991年のレッスルマニア7では、アルティメット・ウォリアーとの敗者引退マッチにて30分以上の死闘を繰り広げるも敗退。瀕死になっているところをマネージャーのセンセーショナル・シェリーに裏切られ攻撃された。このサベージの姿を見て客席から元マネージャーのエリザベスがリングに助けに駆けつけた。リング上で二人が抱き合いサベージのテーマ曲『威風堂々』が流れると、ロサンゼルスの観客のほとんどが感動し涙を流していた。6年越しのラブストーリーに観客全員が心を打たれた瞬間だった。一夜にして、彼は再びWWFの大ベビーフェイスになり、リングネームも再びマッチョマンに戻すとその年の夏にマディソン・スクエア・ガーデンでエリザベスと結婚式をあげた。

1992年にインディアナポリスで開催されたレッスルマニア8ではリック・フレアーを破り再びWWF世界王座を奪取、約半年間保持した。私生活でエリザベスと離婚すると、エリザベスはTVから姿を消し、サベージも1993年からは解説者の仕事が増え、試合はあまりしなくなった。1994年にホーガンがWCWに移籍するとその10月に後を追うようにWCWに移籍した。


1994年に契約金600万ドルでWCWに移籍すると、盟友ホーガンと共に活躍、1995年と1996年にそれぞれリック・フレアーを破り、WCW世界王座を奪取、フレアーとホーガンに次ぐWWEとWCWの両メジャーにて世界王者になったレスラーの1人となった。
1996年にホーガンがケビン・ナッシュ、スコット・ホールと共にnWoを結成すると、後にサベージもメンバーとなり、nWo内でエリザベスと復縁し、ダイヤモンド・ダラス・ペイジと抗争を繰り広げる。
1998年には当時のWCWのトップスター、スティングからWCW世界王座を奪取するが、翌日にホーガンに敗れ1日で王座から転落。nWoとホーガンに不満を持ったサベージはナッシュと共にnWo Wolfpacを結成し、Wolfpacは人気爆発となるがサベージは怪我のためほとんど試合にでることができずテレビから姿を消した。
1999年にニュールックで復帰すると、新しいガールフレンドゴージャス・ジョージをマネージャーに迎えると7月にはケビン・ナッシュを破り、4度目のWCW世界王座に就き、8月にはNBAの問題児デニス・ロッドマンとの一騎打ちを制すなど、健在振りをアピールした。2000年に入るとホーガンや他の大御所レスラー達と共にミリオネアーズ・クラブなるチームを結成するも、nWoほどのブレイクにはならずに、契約が切れると共にWCWを離脱。

しばらくの間フェードアウトした後の2004年に、急成長を遂げているTNAに登場し、ジェフ・ハーディー、AJスタイルズとタッグを結成し、PPVのターニングポイントで試合をしたのだが、交渉の決裂により、サベージの登場はこの1試合にとどまった。

日本への初来日は遅く、1990年のWWF・全日本・新日本の3団体合同で開催された東京ドーム における「日米レスリングサミット」。サベージは天龍源一郎と対戦。典型的なアメリカンプロレスのショーマンレスラーのイメージが強いサベージと、無骨なタイプの天龍の試合はミスマッチかと思われたが、互いの持ち味が存分に引き出された好勝負となり、サベージの日本での評価を大きく高めた試合であった。


天龍とは、彼がのちに移籍したSWSとWWFが提携していたため、SWSマットでも対戦している。また、同マット上でタッグも結成した。

WCWに移籍後は、WCWと提携関係にあった新日本の大会に数回、来日している。


必殺技 ダイビング・エルボードロップ
得意技 スレッジハマー(ダブルアックスハンドル) ロープを使ってのクローズライン

サベージのトップロープからのエルボードロップは、高さやその綺麗なフォームから、サベージを超える使い手はいないと言われている。金網マッチでは5メートルはある金網の上から敢行する事もあった。


ロープを使ってのクローズライン
相手の髪を掴み、自らは場外へジャンプし、相手の喉をトップロープに押しつけダメージを与える。



ハルク・ホーガンとは私生活においても親友関係であったが、1992年にサベージの妻であったエリザベスと寝たという疑惑から関係は悪化。
その後ホーガンとの関係は修復し、WCWへ行ってからもうまくいっていたが、サベージの彼女であったゴージャス・ジョージとの関係がホーガンのせいで悪化し別離となったとして、今ではホーガンとは犬猿関係である。現に2004年にサベージがTNAと契約したときも、バックステージにホーガンがいたため契約を破棄した。この際、ホーガンは「よく戻ってきたブラザー!俺はずっと待ってたぞ。」と声をかけ、握手を求めたらしいが、サベージはこれを拒否し帰ってしまった。

エリザベスはサベージと別れた後、レックス・ルーガーと交際していたが、2003年にルーガーの自宅で死んでいるところを発見された。死因は急性ドラッグ中毒。


映画スパイダーマンにBone Saw McGrawとして出演し、スパイダーマンことトビー・マグワイアと試合をした。そのスパイダーマンとの試合の前にはシコシスと試合をしダイビング・エルボードロップを放ちオールドファンを喜ばした。

多くのレスラーから尊敬を集めている。特に試合運びとロープワークやカメラワークの巧さはピカイチで、4つのコーナーをうまく使い試合を見せる技術を生み出し、クリス・ジェリコやショーン・マイケルズなど今日の最前線で活躍するレスラーにも多大なる影響を与えている。

また、プロレスマット界で初めて女性マネージャーを登場させ、女性マネージャーの重要性を示したのもサベージであり、これは現在のDiva達に多大なる影響を与えているといえる。

最近はプロレスはほぼセミリタイア状態で、ラップミュージシャンとしても活動している。

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開設日
2008年11月4日

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カテゴリ
スポーツ
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