普天間中学校は、宜野湾(ぎのわん)市の北側、米軍の普天間飛行場とキャンプフォスターにはさまれた、新城の高台にある学校です。
もともとは1948(昭和25)年、6.3.3制度がスタートする時に、実業高等学校の跡地に建てられました。当初は宜野湾中学校と呼ばれていましたが、10月に野嵩(のだけ)中学校と変更し、さらに1957年、普天間中学校と学校名を変えました。1960年には、現在の場所である喜友名後原(クシバル)に、移動してきました。現在は、普天間小学校と、普天間第二小学校を校区とする生徒が通っています。
普天間中学校にとっての一番の問題は、やはりすぐ近くにある広大な普天間飛行場で、米軍機の爆音や、墜落の危険にいつもされされているといえます。