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近松秋江

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詳細 2017年2月26日 18:33更新

近松秋江 【ちかまつ・しゅうこう】 1874(明治9)・5・4 - 1944(昭和19)・4・23

本名・徳田浩司。岡山県和気郡藤野村に、農家と酒造業を兼ねた徳田啓太の四男として生まれる。慶応義塾、国民英学会、二松学舎などに在籍した後、明治34年、東京専門学校英文科を卒業。在学中に島村抱月の知遇を得て、「読売新聞」の「月曜付録」に小説の月評等を寄せていた。また、同級生にはおなじ岡山県和気郡出身の正宗白鳥がおり、終生の文学的僚友となる。学校卒業後、博文館、東京専門学校出版部、中央公論社等を転々としたが、いずれも長続きしなかった。明治36年、貸席清風亭の手伝をしていた大貫ますと結婚。結婚後も「早稲田文学」の編集や、読売新聞社入社などの職歴を得たが、短期間に終った。物質的困窮により、明治42年にますとの結婚生活が破綻したが、この経験が「別れたる妻に送る手紙」(明治43年4月)を生んだ。明治44年、徳田秋聲と混同されがちだった筆名「徳田秋江」を、「近松秋江」にあらためる。大正2年10月、「別れたる妻に送る手紙」の続編にあたる「疑惑」を発表。また、「黒髪」(大正11年1月)、「狂乱」(大正11年4月)、「霜凍る宵」(大正11年5・7月)をまとめ、一本の長編として大正13年7月に『黒髪』を刊行した。大正11年初夏に猪瀬イチと家庭をもうけた後は、それまでの一所不在の生活を清算するとともに、愛欲生活を断ち切り、子の愛のために余生を送ることを誓う。昭和13年、緑内障のため左眼失明、17年には両目とも失明し、ペンを握ることができなくなる。困窮した生活の末、老衰と栄養失調により昭和19年4月に生涯を終えた。

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開設日
2008年9月17日

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カテゴリ
本、マンガ
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