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SlipknoT

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コミュ内全体

詳細 2015年9月8日 14:29更新

メンバー構成↓
#0: SID
(シド) - dj
#1: JOEY
(ジョーイ) - drums
#2: PAUL
(ポール) - bass
#3: CHRIS
(クリス) - percussion
#4: JAMES
(ジェイムズ) - guitars
#5: 133
(133) - sampler
#6: CLOWN
(クラウン) - percussion
#7: MICK
(ミック) - guitars
#8: COREY
(コリィ) - vocals

スリップノットの結成は1995年の事。”何もないところのど真ん中”といわれるアイオワ州デモインという、それまでは誰にも知られる事のなかった街でこの巨大な怪物は産声をあげる。音楽によって、自分の周りの環境、社会に対する怒り、苛立ち、絶望感、焦燥感を吐き出すべく結成されたこのバンドは、何回ものメンバーチェンジを繰り返しつつも確実に活動を続け、地元ではとてつもない人気を誇るバンドの地位を確立する。
外見に惑わされる事なく、音楽に目(耳)を向けさせるため、全員赤のジャンプスーツに、ハンドメイドのグロテスクなマスクを身につける、というスタイルを創り出したのもこの頃の事。その後自主制作として『Mate, Feed, Kill, Repeat』を発表、混沌としたヘヴィネスにまみれたこの作品が偶然ロス・ロビンソン(コーン、リンプ・ビズキット、セパルトゥラなどを手掛ける)の耳に届き、衝撃を受けた彼は自らデモインまで赴き、ちょうどその頃彼が立ち上げたレコード・レーベル、”I AM RECORDING”の第1弾アーティストとしてスリップノットとの契約を交わす事になる。
 ロス・ロビンソンのプロデュースのもとレコーディングが開始され、1999年7月、デビュー・アルバム『スリップノット』を発表。あらゆるジャンルを飲み込み昇華させ、ギター&ベースによる残虐なリフ、メタリックなパーカッション、トボを押さえたDJ&サンプラー、そして奥底から吐き出されるヴォーカル、ハイ・スピードで疾走するドラミング、全てが一体となった究極のヘヴィ・サウンドは瞬く間に話題となり、本国アメリカでは2000年に100万枚を超えるセールスを記録している。新人ながら同年のOZZFESTにも参加し、そのとてつもない音像とパフォーマンスで、観客のど肝を抜く。OZZFEST終了後もレーベル・メイトのCOAL CHAMBER、AMENらと全米をサーキット、他の出演者を完全に食ってしまうほどの評判を得た。この2度にわたる全米ツアーで、”ライヴ・パフォーマンスがヤバいバンド”というイメージが定着する。同年12月には早くもホーム・ビデオ、『ウェルカム・トゥ・アワ・ネイバーフッド』(後にDVD化もされている)を発表、マドンナやシャナイア・トゥエインなどの大物を押しのけ、ビルボード・ビデオ・チャートで1位を獲得する。
 2000年2月には初来日公演を敢行、全公演即日完売となり、会場は窒息状態となるほどの盛り上がりを見せた。また、チケットを買えなかったキッズ達とスタッフ達との間で一触即発の暴動寸前の騒ぎとなった。2000年の大部分を”Tattoo The Earth”などツアーに費やし、2001年2月にはグラミー賞”ベスト・メタル・パフォーマンス”部門にノミネートされる。その同時期にデビュー・アルバム同様ロス・ロビンソンをプロデュースに迎え次作のレコーディングを開始。レコーディング終了直後の5月中旬からUK盤OZZFESTなどフェスティヴァル出演をメインとしたヨーロッパ・ツアーをスタート、6月からはUS盤OZZFESTに参加して全米をサーキット、8月にはSUMMER SONIC 01出演のため2度目の来日を果たす。そして、来日直後に遂に発表となったのが、セカンド・アルバム『アイオワ』。世界規模での盛り上がりを見せていたスリップノットの今作は、アメリカ初登場3位、イギリス1位、カナダ1位、そしてここ日本でもオリコン・チャート初登場4位を記録するという快挙を成し遂げる。OZZFEST後もSYSTEM OF A DOWN、RAMMSTEIN、MUDVAYNE、AMERICAN HEAD CHARGEらと共に”The PledgeOf Allegiance Tour”で全米をサーキット、翌年2002年3月には3度目の来日公演も行い、怒涛のツアー攻勢で世界を飲み込んで行った。また、2002年2月には2年連続でグラミー賞にノミネートされる。
 『アイオワ』に伴うツアーを終了させた後、しばらくスリップノットは活動を停止する。その間、コリィ#8とジェイムズ#4はスリップノット結成前から活動していたバンド、STONE SOURを復活させ、アルバムを発表、その後アメリカ、ヨーロッパをツアー、ジョーイ#1はマーダードールズを始動させ、こちらもアルバムを発表、来日公演を含むツアーを行っていく。クラウン#6はプロデュース業に専念していく傍ら、初のライヴ映像作品となる『ディザスターピーシズ』(2002年2月発売)の編集に没頭、その後自分のプロジェクト、TO MY SURPRISEのアルバムも発表、シド#0はDJとしての活動を盛んに行い、各地のイベントに出演、ここ日本でもそのDJプレイを披露している。
 2003年中旬からメンバーは一同にロスに渡り、リック・ルービンをプロデュースに迎え彼が所有するフーディーニ・マンションにて最新作のレコーディングを開始する、時間をかけてじっくりと制作された、更なる混沌さとヘヴィネスを手に入れた新たなスリップノット像をシーンに叩きつけるサード・アルバム、『VOL. 3: (ザ・サブリミナル・ヴァーシズ)』を2004年5月に発表する。今作はここ日本でもオリコン・チャート初登場2位を記録したのを始め、世界各国で大ヒットを記録、現在全世界で200万枚を超えるセールスを記録している。バンドはアルバム発売直前の3月30日からFEAR FACTORYとCHIMAIRAを従えて約2年振りとなるヘッドライナー・ツアーをスタートさせ、その後もヨーロッパ・ツアー、そして2004年のOZZFESTでのセカンド・ステージのトリを務めるなど、過去に類を見ないほどの規模でワールド・ツアーを行っている。またここ日本にも2004年10月の単独公演、そして05年のSUMMER SONICへの出演と2度の来日を実現させている。
 更なる強靭なヘヴィネスと圧巻のパフォーマンス、誰も到達できない程の凄みに満ちた彼らの約20ヶ月にも及ぶワールド・ツアーは2005年11月で終了となる。新たに一つのバンドとして団結した彼らの今の姿をそのまま封じ込め、その姿を支えてきてくれたファンに捧げるため、彼らにとって初となるライヴ・アルバムを同年11月にリリース。そして2006年12月には彼らの内面を映し出した映像作品第三弾となる「VOLIMINAL: INSIDE THE NINE 」をリリース。そして、長い沈黙の末、2008年夏、いよいよニュー・アルバムをリリースする。再び世界に激震が走る日が来たのだ…!

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参加メンバー 18人

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開設日
2008年7月21日

3141日間運営

カテゴリ
音楽
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