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エレナ・ヤンコビッチ

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詳細 2012年7月9日 02:53更新

wikiより引用
エレナ・ヤンコビッチ(Jelena Janković, セルビア語: Јелена Јанковић, 1985年2月28日 - )は、セルビア・ベオグラード出身の女子プロテニス選手。
2歳年下のアナ・イワノビッチとともに、セルビアのテニス界を代表する女子2強豪のひとりで美人選手として人気がある。
2007年のウィンブルドン混合ダブルスで、ジェイミー・マレー(スコットランド)とペアを組んで優勝した。シングルス自己最高ランキングは3位。
これまでにWTAツアーでシングルス6勝、ダブルス1勝を挙げている。身長177cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

ヤンコビッチは兄の勧めにより、9歳半という比較的遅い年齢からテニスを始めた。
2001年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのセルビア・モンテネグロ代表選手になる。
故国が多難な歴史をたどる中、ヤンコビッチは2004年アテネ五輪のセルビア・モンテネグロ代表選手に選ばれたが、女子シングルス1回戦でコロンビア代表のファビオラ・ズルアガに敗れた。
アテネ五輪の3ヶ月前、2004年5月にハンガリー・ブダペストの大会でツアー初優勝を果たす。
2005年度は3つの大会で決勝に進出したが、いずれも準優勝で止まった。

ヤンコビッチの4大大会挑戦は、2003年全豪オープンから始まる。
この大会では予選3試合を勝ち抜き、本戦2回戦でアマンダ・クッツァーに挑戦した。
それからしばらく予選敗退が続いたが、2004年の全豪オープンから本戦に直接出場できる力をつけた。
2005年はウィンブルドンと全米オープンの2大会連続で3回戦に進出し、徐々に実力を上げる。
2006年のウィンブルドン3回戦で、エレナ・ヤンコビッチは大会前年優勝者のヴィーナス・ウィリアムズを 7-6, 4-6, 6-4 で破り、世界的な知名度をさらに高めたが、続く4回戦でロシアのアナスタシア・ミスキナに敗れた。
同年の全米オープンで、ヤンコビッチは初めての4大大会女子シングルス準決勝進出を果たす。
3回戦ではチェコの17歳ニコル・バイディソワ、4回戦では2004年度の優勝者スベトラーナ・クズネツォワ、初進出の準々決勝ではエレナ・デメンティエワを破って勝ち進んだが、準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに 6-4, 4-6, 0-6 で逆転負けした。

2007年のシーズンに入ると、ヤンコビッチは女子ツアーで年間4勝をマークし、世界ランキングでも大きく躍進した。
同年の全仏オープンでも初の準決勝進出を決めたが、ここでもエナンに敗れた。この大会では、ライバルのアナ・イワノビッチが女子シングルス準優勝者になった。
続くウィンブルドンで、ヤンコビッチはジェイミー・マレー(アンディ・マレーの兄)と混合ダブルスのペアを組み、決勝でヨナス・ビョークマン(スウェーデン)&アリシア・モリク(オーストラリア)組を 6-4, 3-6, 6-1 で破って初優勝した。

2008年全豪オープン準決勝で、第3シードのヤンコビッチはマリア・シャラポワに 3-6, 1-6 で敗れた。
これで彼女はウィンブルドンを除く4大大会でシングルスのベスト4に入ったが、あと一歩のところで決勝進出を逃している。

セルビア・モンテネグロの分離により、エレナ・ヤンコビッチは現在「セルビア」国籍でプレーしている。

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