mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

ホーム > コミュニティ > 地域 > 北軽井沢ミュージックホール

北軽井沢ミュージックホール

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

詳細 2009年7月31日 23:39更新

伝統ある北軽井沢ミュージックホールを通じて地域振興を目的としています。
現在は、北軽井沢ミュージックホールサポーターズというボランティア組織を設立し、8月に開催される「北軽井沢ミュージックホールフェスティバル2008」に向けて準備中です。

  チャールズナイディック ミュージックセミナー オープニングコンサート
  日 時 8月1日(金)18:00開場 18:30開演
  会 場 北軽井沢ミュージックホール
      群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢1988−74番地
  出 演 チャールズ・ナイディック(cl) 大島文子(cl)
      キム・ハナ(cl) 大島直子(pf)
  入場料 1,500円


  長野原町クラシック音楽の夕べ
  日 時 8月6日(水)18:00開場 18:30開演
  会 場 北軽井沢ミュージックホール
      群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢1988−74番地
  出 演 チャールズ・ナイディック(cl) 大島文子(cl)
      群響【千葉理(cl) 西岡千里(Fag) 湯川一(Hrn) 関本隆夫(Hrn) 山崎実(Cb)】日本フィル【鈴木一志(Fag)】
  入場料 500円(中学生以下無料)
  演奏曲 ベートーヴェン/六重奏曲、ほか


  チャールズナイディック ミュージックセミナー受講生コンサート
  日 時 8月9日〜11日 18:00開演
  会 場 北軽井沢ミュージックホール
      群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢1988−74番地
  出 演 セミナー受講生
  入場料 無料

  *その他、セミナーの見学は無料です。
  *ボランティア募集中
  *お問い合わせ、申込先:長野原町公民館
              0279−80−1022
           主催:長野原町教育委員会

「北軽井沢ミュージックホール」の生い立ちと時代背景を、副管理人の「神」さんのブログより引用させていただきます。

北軽井沢ミュージュクホールからは斉藤秀雄さんの指導により、小澤征爾さんを始め数々の音楽家がここから学び、旅たちました。

斉藤秀雄さんと北軽井沢のかかわりを調べた限りのことを書きますと。
斉藤秀雄さんは、北軽井沢にわら葺屋根の小さな3間つづき別荘を買い、コンクールを受ける生徒たちの夏の特訓をしていました。
 斉藤さんはオーケストラの夏の合宿を、開こうと計画し、「いつもと違う空間で音楽に接すると、また新たな音楽を発見する手立てになるかも。 野外での広々とした自然をホールに見立てると、教室での音楽よりも音がより生き生きしてくるかもしれない。
 乾燥した高原で演奏すると、まるでヨーロッパでの音のように楽器がよく鳴って、子供たちは音楽に目覚めてくれるかもしれない」。
 最初の合宿は北軽井沢で行われることになった。練習所となった北軽井沢小学校で、夜は、中学生や高校生はござを敷いて貸布団で眠った。
 小学校低学年の子供やその父兄たちは斉藤の別荘に宿泊した。
 北軽小の合宿は何年か続きその間にオーケストラの数も増え「音楽教室」の生徒、桐朋高校の生徒、大学の生徒たちが入り混って、音楽的な能力によって3つのオーケストラが編成された。
 この頃は 小澤征爾さんも指導にあたっていた。昭和30年代頃の事です。
いつも小学校に寝泊りするのは、かわいそうだということになり、合宿所探しに斉藤や指導のアシスタントをしていた竹内聡子、父兄の代表である松田友や二宮章子が、一緒に蔵王などの下見などに夜行列車で出かけたりもした。
田中康興(ボルチモア交響楽団)の母は、音楽を学ぶ環境の日米の違いを目のあたりにしていた。斉藤に会って、夏に音楽学生が誰にも気兼ねなく練習できる安価な、いい施設が必要なのではないかと語った。
もし斉藤にその気があるなら、北軽井沢 田中家所有の林1650平方メートルが有るので土地は喜んで提供すると申し出たのである。斉藤から早速図面が送られてきた。斉藤の意思を知って、田中夫婦はひたすら西へ東へと、建設費の財源づくりに奔走したのである。
音楽関係者宛てに手書きで書いた手紙は何千通にものぼった。しかし募金はそう簡単に集まるものでもなかった。
やっと県庁から念願の財団法人の許可が下りることになった。
実費も投じ、分奏室、応接室などまず8室が出来た。斉藤も300万円を寄付し、笹川財団その他の寄付も集まり、1000万円で、音楽ホール、100人分のベッドのある宿舎、食堂と次々に落成していった。
この「北軽井沢ミュージックホール」と名付けられた合宿所で、桐朋のオーケストラは夏を過ごすことなったのである。

簡単にですが「北軽井沢ミュージックホール」が出来るまでの生い立ちです。
北軽井沢ミュージックホールは 昭和42年から作られ斉藤秀雄さんがいた、桐朋学園をはじめ 数々の音楽学校や演奏家たちの合宿などに使われてきました。小沢征爾さん山本直純さんなどを始め大勢の音楽家を世界に出しました。
昭和57年財団法人北軽井沢ミュージックホールは当時理事長をやっていた、小沢征爾さんにより長野原町へ寄付されました。
 ここはホールと分奏室が6部屋で囲まれた中庭がありそこには大きなナラの木があります、今の近代的なホールとは比べ物にもなりませんが、昭和40年代タイムスリリップでもしたような幻想にかられます。
 新潮文庫の「嬉遊曲鳴りやまず」の中にも、記されていた宮沢賢治の童話「セロ引きのゴーシュ」の中の楽長は斉藤秀雄さんではないかと仮説が有りました。私がいつも思い描いていたのも同じく「セロ引きのゴーシュ」なのですが、でもチョットちがうのは、私には斉藤さんや生徒たちが、ゴーシュなのです。
ここでは 雨音も、小鳥のさえずりも、風のささやきも、すべて一緒なのです
斉藤さんが目指した、「いつもと違う空間で音楽に接すると、また新たな音楽を発見する手立てになるかも。 野外での広々とした自然をホールに見立てると、教室での音楽よりも音がより生き生きしてくるかもしれない」が、ここ北軽井沢ミュージックホールにあるのです。

近年では 寺島尚彦フアミリーなどの公演が北軽井沢区民コンサートで行われていました、今は区民コンサートは無くなってしまいましたが尚彦さん亡きあと娘さん達により引き告がれています、昨年度は都合により出来ませんでしたが。北軽井沢小学校の校歌は、昭和37年に作詞谷川俊太郎さん、作曲は寺島尚彦により作られました、「ざわわ ざわわ」で始まる「さとうきび畑」も寺島さんの曲です。二人とも北軽にある法政大学村の古くからの別荘の住人です。
 
 ミュージックホールサポータズが出来たのは、大島さん姉妹がきっかけでした。
3年前からミュージックホールでチャリィコンサートとクラリネットセミナーを始めていました。
大島さんのご両親の別荘が北軽に有ることと文子さんが桐明学園の時ここで合宿をしていた事も有リ、ここでセミナーを開きたいと思い、町へお願いして貸してくれる事になりましたが、雨漏りなどもひどくセミナーの前に修復するためのチャリティコンサートを開き、直子さと文子さんのご主人チャールズナイディクさんとでチャリィコンサートとセミナーが始まりました。
 始めの年などは大島姉妹で掃除から雑用まですべて自分達の手でやっており、それを知った私達、仲間が北軽のためになる事をやっているのに、 何も手伝わないのておかしくない?
大島姉妹は、この由緒有るミュージックホールを存続し北軽を活性させたいと思いがありました
大島姉妹の熱き思いと心意気に感動した仲間達で昨年サポータズが結成された訳です。

時代背景等は「嬉遊曲、鳴りやまず」から引用させてもらいました。


  
  

コミュニティにつぶやきを投稿

最近の投稿がありません泣き顔
つぶやき・トピック・イベント・アンケートを作成して参加者と交流しようわーい(嬉しい顔)
参加メンバー 7人

もっと見る

開設日
2008年4月24日

3353日間運営

カテゴリ
地域
関連ワード
関連ワードを登録しよう

編集から関連ワードを登録すると、コミュニティがmixiワードに表示されるようになります!