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木村卓司の映画原理

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詳細 2015年3月4日 23:35更新

ここは、
「超越的私個人記録滋賀映画社」映画監督・木村卓司の
映画支援コミュニティ

〜 故郷は地球? 〜




・彼は「ソドム」の“ケンシロウ”である。
・彼は自称「宇宙一のシネフィル」である。
・彼はジョン・フランケンハイマーの世界一の理解者である。
・彼は「アニメ原理主義者」である。
・彼は“ジャミラ”である?





< 自主制作作品一覧 >

『ズゴックの冒険6“最強の敵”』
『ズゴックの冒険7“大決戦”』
『ズゴックの冒険8“猫騒動”』
『ズゴックの旅』
『ズゴックの冒険9“さらばズゴック”』
『ズゴックの冒険10“永遠のズゴック”』
『ズゴックの冒険No.9“脱線”』
『路地100mゴーゴーババア』
『眼の光』
『非在/風景』
『南極旅行』
『阿呆論』
『シネマトグラフ オブ エンパイア』
『シネマトグラフ オブ エンパイア2 完結篇』
『街に・映画館を・造る』

その他、行方不明





< 上 映 情 報 >



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。









『さらばズゴック』、やっと見ました。これは大変なものだと思います。
去年の8月にも一度見て、やはり同じ感想を持ったのだけど、ギリギリ本質だけの映画は、見る側にも同じテンションを要求するし、それを言葉にするのは容易ならんです。
これに近い感覚を無理やり言葉にすると、パゾリーニの映画に時々ある(何故かフィックスで撮らない)ロング・ショットの緊張感、高揚感がずっと持続しているような感じでしょうか。あるいはキラ・ムラートワの『長い見送り』の冒頭の数ショットとか。いや、もっと近いのは、ケネス・アンガーを初めて見た時の触覚感のようなものかしら。風景のショットや室内のショットが、もはや風景でも室内でもなく、1ショットごとにそれが風景や室内に収まる「映画」というものとはおよそ出自が異なるところから出発している。映画や物語というものに本気で向き合ったプロセスが、ギリギリの本質として迫って来るようで、約1時間、吸い込まれるように見続けました。
以前、見せて貰った作品群もそうでしたが、光線や風への触覚的な反応が画面に異様な強さを与えていると思います。ミニチュアの人形を配しただけで(僕はズゴックが何なのか知らないのですが)空間がこれほどの強さをはらむのも新鮮な発見でした。クライマックスの庭先?に配した人形にキャメラが下降してゆくショットは、まるで大空撮か大クレーンの動きを見ているのかのようで、大特撮オペラのようでした。
こうした経験を経て、『南極旅行』が生まれたことにひじょうな手応えを感じます。
もっとケンシロウさんの映画が見たいです。

(と、高橋洋氏は語る)




偉大なるゲルマン文化をプロパガンダする者としては、ケンシロウさんの「狂った情熱」は、後期ロマン派の神髄を示すものとして、まことに楽しく拝見させていただきました。ただ、一般の、というか普通の、映像の中に写っているものに「意味」を求めるタイプの方々には、いささかわかりにくい作品かもしれません、『さらばズゴック』。

ボクは、以前、2年間ほど「イメージフォーラム映像研究所」というところにいて、わりと『さらばズゴック』に似たテイストの作品を浴びるほど観たことがあります。ただし、BGM音楽は、クラシックではなくて、プログレとか、民族音楽とか、ノイズ系とか、場合によっては松田聖子だったりしました。いちばん多かったのは「無音」かな(笑)。音無しで60分あったりすると、かなり観る方も疲労困憊したものです。しかし、そういう作品が割に奨励されるのが、イメージフォーラムというヘンな所でした。

そして、ボクにも、そういうイメージフォーラムの遺伝子が流れています。そういう意味では、ケンシロウさんの作品は、ボクを懐かしい気分にさせてくれました。ただ、何度も言うように、一般の方には「わかりにくい」。そこで、今後もし、ケンシロウさんの『さらばズゴック』をご覧になられる方のために、以下のテキストをご紹介しましょう。『さらばズゴック』を観ながら、どうか、心の中で暗唱してください。後は、脳内麻薬が分泌されるのを待つだけです。

「穏やかに、静かに彼が微笑み/目を優しく開けているのが/あなたがたには見えないのですか?/しだいに明るく輝きを増し/星の光に包まれつつ空高く昇り行くのが/あなたがたには見えないのですか?/彼の心が雄々しく盛り上がって/豊かに気高く胸に湧き出るのを?/唇からは陶然と柔らかく、快き息が静かに出てくるのを…/友だちよ! それが感じられないのですか?/私にだけその調べは聞こえるのか?/すばらしく、そして静かに/歓びを訴え、すべてを語りつつ/優しく慰めるように、彼から響き出て/私の中に入り、高く舞い上がり/優しい音で、このまわりに響く。

冴えた響きで、私のまわりを漂うのは、穏やかな風の波なのか?/歓びの香りの、ふくれあがる波なのか?/それらの波が盛り上がり、まわりに寄せるのを、私は呼吸すべきか?/聴くべきか?/すすり飲むべきか?/身をひたすべきか?/香りの中に快く、身を引き取るべきか?/波打つ潮の中に、高まる響きの中に、世界の息の通う万有の中に…/溺れ、沈み…/意識なき…/至上の快楽よ!」
(訳:渡辺護)

(と、しまだゆきやす氏は語る)



『ズゴッグを讃える詩』  作・にいや なおゆき



ズゴッグ、空に憧れるのか。
だがお前は水陸両用モビルスーツ。
決して空には上がれない。

馬鹿と煙は高い所に登りたがると言うが。
果たしてお前は馬鹿か、煙か。
蟹の甲羅のような、その体に何がつまっているのか。

陶器の聖女にすがっても、ファンシーな可愛娘ちゃんに慰められても、お前は癒されない。
お前は何を求めるか。
ガンダムと戦いたいか。
ニュータイプを知りたいか。
しかし、お前の前に敵はいない。
すでに、いない、のだ。
お前は捨てられたのだから。

屋根の上のどら猫大将。
唯一のライバル。
毛だらけのシャア。
だが彼は屋根に充足している。
馬鹿ではないのだ。
煙でもないのだ。

どこからか聞こえるのは荒井由美。
空に憧れて、空をかけて行く、ひこうき雲。
しかし、ニューミュージックな憧れや癒しは、ズゴッグに似合わない。
お前の求めているものは「敵」だから。


体に満ちている物は「物すごい欠乏と不満」、萩原朔太郎。
旧式水陸両用モビルスーツである事の、「怒り」。
単なるプラモデルである事の、「哀しみ」。
欲する物は「巨大な敵」。



「怒り」と「不満」こそ、彼の生命であったか。
それは彼の甲羅を突き破った。



彼は空を登って行った。



煙のように。



馬鹿のように。




そこに「敵」はいたか。




ガンダムに出会えたか。





ニュータイプを知り得たか。





昼の月は彼の心臓だったのか。






巨大なものと、お前は出会い。






そして、地上に帰還する。





『捜索者』




ジョン・ウェイン。      (終)





















 

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カテゴリ
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