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手稲区金山&星置&稲穂

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コミュ内全体

詳細 2016年11月27日 17:11更新

金山、星置、稲穂に住んでいる人、住んでいた人、愛して止まない人たちのコミュニティです。

地域限定ローカルネタ満載のコミュにしましょう。

<稲穂>

稲穂は、明治4年ころ最初の開拓者が入植したのが始まりです。開拓当時は、うっそうとした原始林が広がっていました。
手稲北部一帯は、泥炭湿地の不毛地帯でしたが稲穂だけは造田可能な地でした。それでも、手稲山から急勾配で流れる河川の犠牲となり、一夜で泥田と化したこともありました。
大正から昭和14、15年ころまでは、星置地区とともに大根の生産地として知られました。
もともと星置の一部であったこの地は、稲の穂がたわわに実ることを夢見て、開墾に全力を傾けた先祖の苦労をしのんで稲穂と名付けられました。こうした先人たちの足跡をたどって、今の稲穂の街並みを知り、将来を考える取り組みが、現在、稲穂の人たちによって行われています。

<金山>

金山は、「手稲鉱山」の繁栄とともに築かれたまちです。
この地は、もともと星置の一部でしたが、星置川で砂金が見つかったことなどから、金の山、きんざんと呼ばれるようになり、昭和17年の字名改正の時に正式に金山(かなやま)と名付けられました。
手稲鉱山は、明治24年に鳥谷部弥平治が偶然金鉱を発見し、昭和10年、三菱鉱業が本格的に金の採取を開始。
最盛期には、東洋一の選鉱場、鉱山ケーブル、滝の沢温泉(現在の手稲ロイヤル病院)、星置小学校(現在の手稲西小学校)、劇場などがあり、人口は 8,000人以上もいたといわれ、そのにぎわいは鉱山が経営を縮小する昭和20年ころまで続きました。
手稲鉱山の歴史は、手稲西小学校の「鉱山の部屋」や星置川沿いの鉱道の入口跡、住宅の土台などで知ることができます。

<星置>

市内で最も海に近く、かぼちゃやスイカが名産の街
小樽の大浜海岸がすぐ目の前。その手稲山口の砂地を利用し、スイカやメロンのほか、「大浜みやこ」かぼちゃの産地として有名です。自然と街並みが調和する街。春は星置緑地のミズバショウ、緑豊かな山口緑地、秋は星置川のサケのそ上と四季を感じながら潤いのある生活を満喫できる街です。地域を結ぶ「山口運河」を生かしたまちづくりを進める街。星置、夢トピア、手稲山口の3つの地域に広がる「山口運河」をテーマに、まちづくりのネットワーク化が進む街です。

*手稲区役所HPより抜粋

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開設日
2005年9月19日

4093日間運営

カテゴリ
地域
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