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山本耀司

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詳細 2016年11月26日 23:50更新

■山本耀司の思考が好きなヒトのコミュニティー


山本 耀司(yohji yamamoto)
ファッションデザイナー/株式会社ヨウジヤマモト代表取締役社長
1943年10月3日東京都生まれ。'66年慶應義塾大学法学部卒業。'69年文化服装学院デザイン科卒業。'72年株式会社ワイズ設立。'77年第1回東京コレクション発表。'81年第1回パリコレクション発表。'84年株式会社ヨウジヤマモト設立。'88年株式会社ヨウジデザイン研究所設立。'93年バイロイト祝祭劇場ワーグナーオペラ「トリスタンとイゾルデ」衣装担当。'94年フランス芸術勲章(シュヴァリエ章)受章(CHEVALIER DE L'ORDRE ARTS ET DES LETTRES)。'97年ファッショングループ「ナイトオブスターズ賞」受賞。'98年ピッティ・イマジネ・ウォーモ展「アルエ・エ・モーダ賞」受賞。'99年第18回CFDA賞「インターナショナル賞」受賞。


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 フランスのジャーナリストに「ヨウジはフランスオートクチュールを超えた」と言わせたファッション界のビッグネーム、山本耀司氏を招き、今という時代をファッションデザインという切り口で語っていただいた。実は、山本氏は小池千枝先生の教え子。そうした繋がりから今回の講演が実現した。最近では大学卒業後、ファッションを学ぶ学生が増えているが、山本氏はその先駆けでもある。慶應義塾大学卒業後、文化服装学院で小池先生らに学び、世界へ羽ばたいた。

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■デザイナーへの道
 戦争未亡人の母は、息子の自分をひとりで育て上げるために、戦後、文化服装学院を出て、自宅で仕立屋を始めた。自分は、母が働いている姿を通して世の中を見ていた。大学に進学したが、あまりにもたくさんの学生がいる大学にやる気をなくした。ノンポリ、シラケ派と言われる世代である。卒業を控えて、母親に、「就職したくないので店を手伝いたい」と言うと、「店を手伝うなら文化服装学院に行って学んできなさい」といわれた。  文化服装学院では洋裁の基礎を1年間学んだあと、デザイン科に進んだ。小池先生の「石を拾ってきて包みなさい」という課題の意味が当時はわからず、先生の要望に応えることができなかった。いまだにもう一度あの課題をやらせてほしいと思っている。また、パリへのあこがれでいっぱいだった当時、朝早く行くと、小池先生が「モーニングサービス」といって最新号の『ELLE』を見せてくれたりした。
 デザイン科にいたとき応募したコンクールで、装苑賞、遠藤(文化服装学院の創立者)賞をいただき、あこがれのパリへ。訪れたパリは既製服の開花期で、セーヌ左岸では、オートクチュールを否定して、街からムーブメントが起こっていた。受賞の気負いもあったのに、自分がやってきたこととは違うことが起こっていることに打ちのめされた。しかし、カフェに座って出入りする人々を眺めているだけで、まるで生のファッションショーを見ているようだった。
 当時、服の形(フォルム・シルエット)をつくる面白さを感じていた一方で、ファッションデザインは男子一生の仕事か、という疑問を持って悩んでいた。ようやく、デザインに一種の自負を持てるようになったのは、ここ7、8年のことである。
 1981〜2年、コム・デ・ギャルソンの川久保伶氏と、店を出すためにパリに行きショーをやった。当時は、つくることに疲れて、少し壊したいと思っていた。壊す服をパリに持っていったら、これは服じゃない、貧乏主義・ポピュリズムと言われ、7割の非難に対し3割の評価だった。
 デザインするとき、イメージする背景は無条件に都会である。自然やカントリーにファッションはいらないと思っている。ファッションは都会に必要なもの。荒廃した都会に風が吹いていて、女の人が立っている。顔は見えないが、髪がなびいていて、シャツやスカートが風をはらんでいる。ドタ靴をはいて、葉巻を吸っている。声は、多分しわがれている。「あたしね、女やめたの」。これが、自分にとってのかっこいい女の人。ファッションは風だと思う。

■ファッションの波の中で
 流行の波は理屈じゃない。馴れてしまうと次のものがほしくなる、新鮮に見えてくる。意味のない変化に敏感な世界である。ケンゾーやイッセイは、既製服の夜明けをリードした平面的な服で、直線的な裁断を着付けた。そのそばでは、アメリカで起こったウーマンリブ運動の影響で、ヨーロッパの伝統的なセクシーなファッションから知的なファッションが生まれた。
 自分がなぜ受け入れられたか。その直前には、クロード・モンタナとティエリー・ミュグレーの女性らしいセクシーな構築的なファッションが人気を博していて、そろそろ新しいものが欲しい、と皆が感じていた。そんな時に、エレガンスをひっくり返すようなものが出てきたのである。イギリスのビビアン・ウエストウッドのパンクファッション、イタリアのジャン・ポール・ゴルチエ、そして日本の川久保伶と山本耀司である。
 たとえばゴルチエは、アウターから下着のストラップを見せることをファッションにし、見えてはいけなかったものが見えることを面白くした。それまでの優雅の概念になかったことをやったのが1980年代だった。その後、1980年代後半から1990年代にかけて、今度はオートクチュールの再燃を迎える。

■日本を意識するとき
 日本人であることを、自分では意識していない。最初にパリコレで発表した頃、インタビューの前に「以前は日本人がつくる車なんかに乗れるかと思っていたが、今度は日本人のつくる服なんか着れるかと思っていた」と言われた。当時、ショーの最前列に日本人は座っていなかった。
 ファッションはバニティーフェア、虚飾の街。最前列に誰が座るかでショーの格が決まるようなものだ。インターナショナルヘラルドトリビューンのファッションライター、アメリカンヴォーグの編集長など、「この人が来ないと始められない」という雰囲気がある。日本人が最前列に座るようになったのは、この20年くらいの間に起こったことである。
 一方、日本は世界的なマーケットである。しかしバイヤーや批評家が少ないため、発表の場としては、まだまだ効果が薄い。ヨーロッパは世界中の人が注目する。キャリアのある人が見てくれることに刺激がある。パリコレにオリンピック的な要素は残っている。
 平面製図は日本で発明されたものだ。ヨーロッパは立体裁断。今は、立体の感覚を持つ平面製図がパタンナーに要求される。日本で学ぶことは、その意味で勉強になると思う。

■アートとデザインの境界
 20世紀はデザインの時代だったと思う。デザインとは、すべてのものから意味を取り除いた表現である。
キュービズムの頃、もともとの祭礼や祈りという意味に関係なく、ピカソが絵画にアフリカの木偶の要素を取り入れたことは、絵画からデザインに近づいていたことを意味するのではないか。また、デザインのことを「すべてが相対的な関係に置かれる地獄」と呼んだ人がいる。確かなものは何もない。それがデザインの世界だ。
 ファッションが憂鬱なのは、半年前に言ったことを自分で覆すものだからである。ファッションから服を取り戻そう、流行に関わっていないで自分の確かなものとしてつかまえていきたい、と思う。ファッションという道具を使ってファッションを否定することになるが、そういう仕事の仕方をせずにはおれなかった。
 どんなにあがこうとアートとは違う、それを受け入れるしかない、というデザインの宿命がある。しかしデザイン的なアートも増えて、境がなくなっている。アートも、純粋芸術運動といって、一切の社会的・経験的な意味を持たせないようにしようとする動きがある。カリスマ、アートが日常のビジネスの世界で使われる昨今だ。

■デザインはチームジョブ
 ファッションは、実はチームジョブである。デザイナーが100%決めてやる仕事ではない。デザイナーの信頼を得た、優れた技能集団とつくり上げていくものだ。集団の中の偶然の要素、セッションから生まれる。これが、アートにはなかったデザインの職場の面白いところである。ひとりでこもるのではなく、職人を抱えて、工房で仕事をするところは、ルネッサンス期と似ているらしい。
 しかし、独立しているデザイナーは少ないのが現状だ。今、デザイナーは、ほとんどが資本・投資ビジネスの傘下にあって、グループ化されているのだ。

■マーケティングの時代
 今のファッションの全体の傾向は、なるべくしてなったことだと思う。マーケティングの時代に入り、人々の着たいものを分析して、 スピードと宣伝、 マーケティングを組み合わせる時代となっている。1960年代以降で、既製服がもっともメッセージを失った時代といえる。クリエイティブな服が力を 失っている時期、というのが90年代最後の傾向だ。
 ひとつは、デザイナーの力量の問題で、もうひとつは消費者の問題。既製服を喜んで消費するから、デザイナーの真剣な仕事がマーケットに出にくい。「みんなと同じものを着ていたい」は、「みんなと違っていたい」というおしゃれの定義に相反するのだが、マーケティング型のファッション企業が闊歩していて、悩んだり、疑ったりするファッションは力を持っていない時代だ。デザイナーがどんなふうに服に力を込めるのか、21世紀にかけて問われていると思う。
 服を選択するのは人間の最後の自由だと思う。服を選ぶのは、実は生活を選ぶのと同じくらい大変なことなのだ。ちょっと違うものを買って着ようとすると、くつや持ち物など、生活のパターンを変えなければいけない。
 幼い少女が、軍服を着たナチの親衛隊のかっこよさに、恋をしたという話がある。軍服は悪性の美。人を従わせる美しさが服の力である。デザインの力が幼い娘に影響を与えることもある。生活や人生を変える要素を持っていると思っている。

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