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生物学的クラスター分析

生物学的クラスター分析

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 分類(classification)は、秩序(order)を求める人間の基本的欲求に由来する行為である。個物としての多様な対象物のありようを理解するために私たちはつねに分類し続けている。人間は生まれながらの分類者(classifier)である。人間は時空的に連続する外界を理解するために、離散的なカテゴリー(類や群)を認知的に造りだしている。
 「クラスター分析(cluster analysis)」とは、多変量解析の手法のひとつとして今日その位置づけがなされている。かつて「客観的な分類」すなわち「自然分類」が統計学により実現できるのではないかという理想が語られた時代があった。現代の進化学は生物に関する本質主義(essentialism)を、「本質によって定義された群は原理的に進化できないから反進化的である」として全面的に排除するが、生物分類学を過去2000年にわたって支配したこの本質主義は、当時生物の分類群(タクソン)を定義できる本質的性質の発見を求めてきた。系統という実証不可能な概念を含む分類体系に疑念を持った数量表形学者は、系統に代わる生物間の関係を表現する尺度として、多数の形質に基づく全体的類似度を用いようとし、伝統的な進化分類学への攻勢を強めた。これに対し進化分類学派は、クラスター分析から出力されるデンドログラムは、その構造上の特性により、距離情報をごく近似的な荒っぽいやり方でしか保存できないので、系統的な分類体系の方が表形的な分類体系よりも共表形相関係数が高いとして数量表形学派に反撃をしかけた。生物分類学での数十年にわたる論争は、数量表形学派(およびクラスター分析)にとっては苦い経験だった。結論からいえば、数量表形学派は生物分類の世界から足を洗い、勝負から撤退した。
 結果としてその理想は潰え、クラスター分析は分類学においてその栄光の地位を失うことになった。しかし、それは数量表形学やクラスター分析が絶滅したことを意味してはいない。生物学では、生物統計学・生態学・遺伝学・形態測定学などの分野にクラスター分析が適用されてきた。昨今では、特にマイクロアレイによる遺伝子発現データの解析にその活動の場が見出されている。

 クラスター分析の結果を「深読み」してはいけない。クラスター分析は、類似度指数の選択やクラスタリング・アルゴリズムの選択を変更することにより、結果のデンドログラムが大きく変わってしまうという欠点がある。どれが妥当なクラスター分析のオプション設定であるかを答えることは不可能である(客観的分類のための設定が主観的に選ばれるという皮肉)。もちろん、このことはどのオプションを使ってもかまわないという意味ではない。生物学関連分野に限定するかぎり、数あるクラスター分析のオプションの中で、UPGMA(群平均法)以外のすべては現在まったく使われていないことは指摘しておくべきだろう。したがって、あるオプション設定に基づくクラスター分析の結果が何かしら「真実」を言い当てていると信ずるのは思慮が足りない。クラスター分析によって何かが推定されたりテストされたりしているわけではない。
 クラスター分析は、多変量データから対象物(OTU)の間の関係を読み取るための視覚化(visualization)のツールである。この点では主成分分析(principal component analysis)や因子分析(factor analysis)と同列の手法である。その主たる利用法はあくまでも「発見的利用(heuristics)」にあり、ユーザーがインスピレーションを得られればよしとしなければならない。
 認知分類はわれわれの脳の中に生まれる。表形的なデータ(かたち、生態、行動)に基づく認知分類は、無意識のうちに多変量データを扱っているのかもしれない。

 クラスター分析がその認知分類のあり方とカテゴリー化を解明するツールとして発見的に用いられるかぎり、クラスター分析は不滅である!(゚Д゚)

--『クラスター分析の光と闇』;三中信宏 改変

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2005年09月15日
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