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日本三大庭園

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詳細 2016年3月7日 05:51更新

雪月花、花鳥風月・・・


そういった日本独自の美意識に対する感受性が研ぎ澄まされる場所、日本庭園。


日本庭園の中でも、日本三大庭園と呼ばれるものがある。


兼六園、後楽園、偕楽園。


海外が身近になった今日、
日本独自の美意識、価値観を再発見できる場所であるように思う。


そして、見失っていた日本本来の美しさ、価値を新たな角度から新発見できるかもしれない。


感じ方は自由。


感性を研ぎ澄ませ。


そして、日本三大庭園の魅力に迫れ。


〜日本三大庭園について〜

かつて江戸時代につくられた広大な大名庭園である三大庭園。それぞれ雪月花を鑑賞する代表的な大名庭園として、日本三名園あるいは日本三大庭園と呼ばれる。


兼六園(けんろくえん)・・・石川県金沢市にある日本庭園。広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園としてその特徴をよく残している。国の特別名勝に指定されている。江戸時代、加賀藩の庭園として造られたことに端を発する。延宝4年(1676年)に五代藩主前田綱紀が「蓮池亭(れんちてい)」を造り、その庭を「蓮池庭(れんちてい)」と呼んだのが始まりとされている。これは、蓮池門(れんちもん)を入った辺りであり、現在7つある門の中で、正門とされている。当時は、金沢城の外郭として城に属していた。13代藩主前田斉泰は天保8年(1837年)霞ヶ池を堀り広げて増庭させ、現在のものにほぼ近い形にしたとされる。「兼六園」の名称が定められたのもこの頃である。


後楽園(こうらくえん)・・・岡山市にある大名庭園で日本三名園のひとつである。総面積は133,000m²。この広さは東京ドームの約3.5倍である。岡山藩主池田綱政が岡山郡代官・津田永忠に命じて作らせた。貞享4年(1687年)に着工し14年の歳月をかけ元禄13年(1700年)に完成した。 岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置する。藩主が賓客をもてなした建物・延養亭(えんようてい)を中心とした林泉回遊式の庭園で岡山城や周辺の山を借景としている。 江戸時代は延養亭を茶屋屋敷、園を後園と呼んでいた。明治4年(1871年)、これを後楽園と改めた。御後園とも呼ばれる。


偕楽園(かいらくえん)・・・日本・茨城県水戸市にある日本庭園である。1842年(天保13年)7月、水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園された。 斉昭は、千波湖に臨む七面山を切り開き、弘道館で文武修行する藩士の休養の場とすると同時に、領民と偕(とも)に楽しむ場にしたいとして「偕楽園」と名づけた。
その名の精神により当初から毎月「三」と「八」が付く日には領民にも開放されていた。この精神を引き継ぎ、日本三名園では唯一、無料である(ただし「好文亭」を利用する場合は有料)。

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