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■京都愛宕鉄道愛宕駅跡探索■

■京都愛宕鉄道愛宕駅跡探索■

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■概略
京都の北西に愛宕山(標高924m)の山がある。山頂には愛宕神社があり火の神様が奉ってあります。
戦前,昭和2年 (1927年) 8月、京阪電気鉄道と京都電灯(現在の京福電鉄)のグループ会社として資本金200万円をもって愛宕山鉄道を設立。嵐山駅を起点に,愛宕駅までを結ぶ愛宕鉄道があった。
私は、12年前に一度友人に連れられ、愛宕山表参道7合目から少しそれて獣道を行き、水銀灯横を通り、終着駅である愛宕駅舎が何十年を経てもその面影は残っていた。
鉄筋コンクリート二階建てが崩れ少し不気味である。
二階に上がる階段は、コンクリートから鉄筋がむき出しになってなんか怖かった。
屋上は見晴らしも良く、そこでカップラーメンを食べるのには絶好の場所。うまかった。
その後は登る機会が無く誰かに伝える事もなかった。

■探索 愛宕鉄 平坦線
平坦線は,昭和4年4月12日に開業。

現京福鉄道嵐山駅北側ホームから「清滝駅」までの3.4kmを走っていた。
途中,「釈迦堂」と「鳥居本」の2駅があり,定員74人の電車が5両あったという。
また、清滝トンネルは、愛宕鉄道の平坦線の遺構、電車のトンネルをそのまま利用。
昭和初期のトンネル!なのです。
このトンネルは、いろいろ怪異譚で有名である。
昭和18年に第二次世界大戦激化のため、不要不急の路線として廃止命令が下り、昭和19年(1944年)に平坦線が廃線となった。

■探索 愛宕鉄道 鋼索線(ケーブルカー)
平坦線に遅れること3ヶ月,昭和4年7月25日に開業。
清滝川駅から愛宕駅までの2kmを結ぶ,当時としては日本一の長さ技術限界で東洋一を誇るケーブルだったという。
その間に,トンネルと橋梁が6か所ずつあり,ケーブルカーは,スイスのギーセライベルン社製のもの(定員84人)で,2両作られたという記録が残されている。
開業当時、ケーブルは大変珍しく休みの日などは、満員で列になって人が並んでいたらしい。編成は二両で定員は84名。あまり人数が多かったため、定員の倍ほどの人を詰め込み、営業当初はよくトラブルで停止したそうです。
昭和十九年(1944)2月の戦時下軍への鉄材供出の為廃線となる。

■清滝駅
清滝川にかかる橋を渡った所の壊れかけた階段を上がった所にある。
階段を上がった所にそれらしきコンクリート跡が残っていた。
そこから一直線にコンクリートの階段が続いている。ケーブル跡だけに,直線の急な坂道。

■第一トンネル
通過可能。
草木が茂り,荒れ放題の中を進むと最初のトンネルが現れた。

■第二トンネル
通過可能。懐中電灯要
崩れる恐れがないことを確認してから進む。向こう側は見えているものの,中は真っ暗。懐中電灯を頼りに進む。

■第三トンネル
通過不可
途中で完全に崩壊して通行できないため,安全を期してケーブル跡を歩くのはここまでで断念した。

■第四トンネル
通過可能。
トンネルを出てすぐに、線路跡は2つに別れケーブルの中間地点で電車がすれ違いをするところです。また単線になります。

■第五トンネル
通過不可。
6つのトンネルの中で最長
急登に備え心の準備。きついがテープがあり迷わない。
途中大杉林道を横断して作業道を上がるとトンネル出口。

■第六トンネル
通過可能。

■駅舎跡
鉄筋2階建ての駅舎跡。
天井からはコンクリートが溶け出し,2階に上がる階段も崩れかけて危険な状態

■探索 愛宕山頂
愛宕駅近くにはスキー場や愛宕ホテルそして遊園地飛行塔もあったと言う。
春は桜・夏は遊園地・秋は紅葉・冬は愛宕スキーと一年中楽しめるようになっていた。

■スキー場跡
スキー場跡と思われる開けた斜面

■遊園地跡
ホテルの近くには遊園地がある。
昭和5年の愛宕山ホテル近くで遊園地飛行塔開業

■愛宕ホテル跡
駅舎跡から少し離れた所にある斜面を上がったところにあった。
昭和5年 (1930年) 7月、愛宕遊園内に愛宕山ホテル開業。
ホテルは二階建で、洋室15室、和室1室あったそうな。
玄関跡と思われる石組の基礎と地下室、厨房らしき跡がある。
自動ドア(?)の付いた素晴らしいホテルがあり、そこからの京都市内を見る展望は最高だった。

■テント村

■その他
清滝水力発電所は、愛宕鉄道にも電力を供給していました。
戦後、何回かケーブル線復興のために、スポンサー企業の役員が愛宕山に足を運んだという。
しかし、今にいたるまでケーブルは復興されず、70年以上放置されたままだ。

参考資料
http://homepage3.nifty.com/nemusama/atago.htm
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/70th/w-map-7.htm
http://www.geocities.jp/taozasa211/newpage14.html
http://homepage2.nifty.com/toyonakawac/sankou/kinki/atago.html
http://www.geocities.jp/sawa_history/index.html

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