mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

ホーム > コミュニティ > 芸能人、有名人 > 美少女時代    能瀬慶子

美少女時代    能瀬慶子

美少女時代    能瀬慶子

ログインして参加する

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

♪プロフィール



デビュー年度:1979年
デビュー曲:「アテンションプリーズ」
所属:キャニオンレコード
おもな代表曲:「裸足でヤングラブ」「He is コットン100%」



1978年に開催された「ホリプロタレントスカウトキャラバン」第3回大会の優勝がキッカケで芸能界入りを果たす。翌年、1979年1月5日に「アテンションプリーズ」で華々しく歌手デビュー。この曲はオリコンで最高62位、2.6万枚を売り上げた。発売したシングルは全部で4枚。上記の他に「美少女時代」という曲も発売していた。同年にはTBS系列のドラマ「赤い嵐」で柴田恭平さんと共演し主演を務めるなど、トップアイドルへの階段を昇りかけていたように見えたが、精神状態の不安定などを理由に約1年ほどで芸能界から引退した。



♪ひとくちメモ



彼女と言えば語り草のようになっているのが、やはり例のドラマ「赤い嵐」だろうか。柴田恭兵さんの「し、しのぶちゃん」という台詞と慶子さんが突然切れて大暴れをし急に我に返るといった凄いシーンの連発、しかもこれが劇中のメインとなっていた、ある意味衝撃のドラマだった。このドラマは同事務所の先輩でもあった山口百恵さんが築いてきたヒット作でもある「赤いシリーズ」の続編であったが、こちらはストーリーどうこうでブレイクというよりもその衝撃的な彼女の怪演の方が話題になっていたと記憶する。



「スカウトキャラバン」2回大会優勝者でホリプロが力を入れて売り込んだ西村まゆ子さんが素行不良を理由に解雇となり売り出しの企画が頓挫、なんとか第1回大会優勝者である榊原郁恵さんに続けとばかりに名誉挽回を賭けて送り出したのが能瀬さんだったが、能瀬さんも大輪の花が開くことなく(ひと花くらいは咲かせたかな...ある意味では)あっという間に芸能界から身を引いていった。またしても失敗を犯してしまったホリプロであった。おそらく彼女には芸能界の水が合わなかったのだろう。でもあっという間に消えてしまった割には能瀬さんの名前を記憶に留めている人は多い。これはひとえに例の衝撃のドラマとすでに伝説と化したあの歌唱力の賜物か...。

最新情報

開設日
2005年09月01日
(運営期間4043日)
カテゴリ
芸能人、有名人
メンバー数
32人
関連ワード