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傑作 !!日本軍「94式拳銃」

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詳細 2016年9月21日 10:36更新

九四式拳銃(きゅうよんしきけんじゅう)または九四式自動拳銃(きゅうよんしきじどうけんじゅう)とは旧大日本帝国が開発した自動拳銃の事。本銃名称の由来は、制式採用された年(1934年)が、皇紀2594年にあたるため、この名称がついた。

使用弾薬は8mm×21で、十四年式拳銃、南部大型拳銃と同じ実包を使用する。

*当時、将校用拳銃は自費調達だったため、FN社のブローニングや米軍から捕獲したコルトガバメントM1911A1、日本製なら、杉浦式自動拳銃など、各自が調達していたため、弾薬なども異なっており、メンテナンス方法が全てばらばらだったため、国産拳銃に統一しようとしたために開発が始まった。しかし当時南部大型自動拳銃の小型版の、南部式小型拳銃は威力不足や、価格が高いなどで生産中止、陸軍制式十四年式拳銃は大きすぎて護身用には不向きであった。そこで南部麒次郎は十四年式拳銃と同じ実包を使用することにより、弾丸の互換性を高め、メンテナンス性が向上した。結果1934年に九四式拳銃として準制式採用となった。

九四式拳銃は、南部銃製造所によって当初は民間用の護身用拳銃として設計されたが[1]、陸軍から、当時としては大型自動拳銃であった十四年式拳銃よりも小型の拳銃が要望され、製造された。そして、その小ささから、将校、戦車兵、航空隊などの特殊兵科で盛んに使用された。作動方法は、一見してそうはみえないが、ショートリコイル方式を採用している。この銃は当時、小型自動拳銃のノウハウのまったくない日本技術陣が全く独自の、悪く言えば独善的な設計思想で完成させた拳銃で、ドイツのP-08、アメリカのM1911A1など他国の技術を全く無視した日本オリジナルの設計がなされている(一般的に九四式拳銃は、現在の拳銃の基準からいうと中型拳銃に相当するが、当時の日本軍では小型拳銃に該当していた。旧軍では「中型拳銃」の概念がなかったという意見もある)。

旧日本軍は、こと拳銃において他国の軍隊と違った規約があった。それは兵卒、下士官には「小銃」などの武器が支給されるが、将校には護身用の武器となる「拳銃」が支給されないのである。将校が護身用の拳銃を所持する場合、自費調達であった。従って当時の将校には統一された制式採用の拳銃というものはなく、将校が各々銃砲店で購入した世界中の拳銃を装備していたのである。そんな中、苦学して将校になった者などは、軍服や軍刀などの高価かつ絶対必要な装備の購入で出費がかさみ、拳銃を購入することさえままならない状況があった。当時の将校の間で流行していたブローニング自動拳銃なども高値であり、そんな中、国産で安価な九四式拳銃は重宝されたという。

^ 当時は一定の条件を満たせば民間人でも拳銃の所持が認められた。

[編集] 特徴
本銃は、上記したように旧大日本帝国の技術陣が試行錯誤した過程が良く表れている小型拳銃とよくいわれる。各国の銃器には、どことなくその元となった拳銃の流派のようなものがあり、必ずといってよいほど、なんらかのコピーのような技術が採用されているのが常である。それは現在の銃器においても言えることである。しかしながらこの九四式拳銃にはそれがまったくない。いわば良い意味でも悪い意味でも日本オリジナルの自動拳銃である。あまりに奇妙な機構が多いために、世界の銃器マニアの間でも非常に異端児扱いされている銃としても有名である。以下、それらの機能を列記する。

一つは、スライド後退時にハンマーの摩耗を防ぐために、スライド内側に内蔵されたハンマーの頂点にローラーをとりつけるという機能がある。おそらくハンマーの消耗をふせいだり、作動を円滑に行う工夫なのであろうが、実際あまり意味はない機能である。そして、当時日本にはスライドでフレームをはさむ加工技術が未熟であったため、フレームで、スライドを囲むという前代未聞の機能にしてみたりという西洋の銃器技術者ではおおよそ発想しないであろう面白い設計がなされている。そして、下記に記すリンクにて写真を見て頂ければわかるが、非常にトップヘビーで尻すぼみな現在の拳銃からみても非常に奇妙でバランスの悪そうなデザインで、全弾を撃ちつくしてホールドオープンした状態で手の上に重心が来る重量バランスの悪い拳銃であるという意見もある。但し当時の平均的な日本人の手の大きさから比較した場合、独特の形状から来るグリップ感覚に好評な意見もあった。そして、生産時期にもよるが、初期型に関しては、南部拳銃全体に言える8mm南部弾からくるパワー不足という弱点以外は、命中精度も比較的良好であった。また、諸外国の同種の拳銃に比べて、部品点数が少ないのも特徴である。

しかし、この銃は逆にノウハウのなさを露呈するような重大な欠陥も持っていた。まずは自動拳銃ではごく当たり前の機能である「スライドストップ」の機能がない。従って撃ち尽くした際の次弾装填が少々煩雑であった。そして本銃最大の欠陥と言われているのが、銃側面のシアー部が露出しているせいで、側面に強いショックを与えるだけで暴発してしまったり、安全装置がその露出したシアーを単に固定する(押さえつける)だけの機能しか持っていないので、ほとんど安全装置としての意味をなさなかったりといった小型自動拳銃の基本的な常識がまったく欠落している銃という点である。ドイツのルガーP08も同様のシアー構造をしているのであるが、ルガーの場合は、シアー部にカバーを設けており、不意にシアーに接触するのを防ぐ構造を持っているが、本銃においてなぜそういったカバー類を設けなかったか拳銃界の謎として語られている。この機能のせいで、「自殺拳銃」と揶揄されたりもした。

しかしながら最近の意見では、本銃のこのシアーの欠陥は、特に設計不良ではないという説も出てきている。その理由として、当時の軍規において、日本軍では拳銃を扱う際、平時(非戦闘時、すなわちホルスター収納時)には弾倉を抜いて、薬室に残った弾丸も抜き、ハンマーをおろして携帯しなければならないという規則があった。当時の軍人は、記録ではこの規則を非常に厳格に守っており、本銃での日本軍内での暴発事故というのも記録に残っていない。銃自体にも弾倉を抜くとトリガーロックがかかるという、ちょっと考えれば非常に矛盾した機構を持っているのもこの規則のためで、実はこの銃は軍規に基づく仕様で造られたのであって、決して技術不足の欠陥銃などではなかったのではないかという意見もでてきている。当時の日本軍の兵器では、米国のような品質管理の概念が希薄であった。本銃に限らず日本軍の兵器は総じて戦闘に関する兵器の機能は作り込まれた物を制作するが、戦闘に直接関係のない機能は執拗に排除する風潮があった。この銃がこのような形態のものになったのも、「決まりさえ守っていれば問題ない」というよな日本軍独特の精神論的な風潮で製造された銃であることも否めない。事実上記の通り初期型の射撃性能自体は南部弾のパワー不足という弱点以外は、他の列強諸国の主力拳銃と比較しても意外と遜色のない物であることは実証されており、他、耐久性や品質自体も当時の技術力のレベルで比較すれば、欠陥設計と言われている部分を除けばとりたてて悪いというものでもない。そもそもこの「自殺拳銃(スーサイド・ピストル)」と揶揄したのは、本銃を戦利品として接収した米軍兵士である。当然米軍では上記の日本軍のような規約で拳銃を携帯する訳はなく、いわゆる「米軍」が「普通」の扱いをして暴発させた結果であり、その点の比較が非常に興味深い。

最終的にこの銃は1935年の初期製造型から1945年の生産終了まで軍需民需含めて7万丁もが製造され、その間、色々とマイナーチェンジされており、日本国産唯一の小型拳銃が故に愛用された名銃といえるのも事実である(但し、そのマイナーチェンジの間にも、シアー部の欠陥は一向に改善されていないところに注意が必要である)。

☆検索用語:日本軍 日本陸軍 日本海軍 南部式拳銃 94式 拳銃 硫黄島      からの手紙

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