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キラー・トーア・カマタ

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詳細 2016年5月24日 10:42更新

流血大王、フォーエバー。

<キラー・トーア・カマタのプロフィールなど。ウィキペディアより>
キラー・トーア・カマタ("Killer" Tor Kamata)のリングネームでの活躍で最も知られるマクドナルド・カマカ(Macronald Kamaka、1937年3月9日 - 2007年7月23日[1])は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。

ハワイ州ホノルル出身。カナカ人の血を引くとされる。身長185cm、体重140kg。流血大王の異名を持つ。

弟のコーア・ティキも新日本プロレスに参戦した事がある。レスラーのキャリアでは、悪役レスラーとしての活動が中心であった。


(経歴)

ハワイ出身のプロレスラーキング・イヤウケアに誘われて1958年にプロレス入り。プロレス以前にはアマレス、アメフト、ハワイ相撲の経験があるという。なお空手については「ナカソネという日本人にほんの少し教えてもらっただけ」との事。

ハワイの日系人レスラーミスター・モトに倣って「ドクター・モト」のリングネームでミツ荒川とのタッグチームで、1967年12月にAWA世界タッグ王座を獲得。トーア・カマタに改名した後にニューヨークやカナダのカルガリー地区を転戦した。

1975年5月に国際プロレスに参戦するため初来日し、ラッシャー木村と激闘を繰り広げた。

1978年5月、全日本プロレスに参戦し、6月1日に防衛記録を重ねていたジャイアント馬場からPWFヘビー級王座を獲得した。(カマタの反則攻撃に怒った馬場の暴走による反則負け)もっとも、初防衛戦でビル・ロビンソンに敗れて王座を転落している。その後ロビンソン、馬場に挑戦したが王座奪回は果たせなかった。国際・全日本に計16回来日している。

2007年7月23日、カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーンにて心臓発作で死去。

(編集)
獲得タイトル
AWA世界タッグ王座
PWFヘビー級王座


(得意技)
地獄突き
当時の中継では「指突き」と紹介された。突きを中心にした空手を連想させる打撃技が得意である。他に「三段突き」なども。
ダイビング・ボディプレス
当時の中継では「フライングソーセージ」とも紹介された。
トー・キック
その場でジャンプして空中で相手を蹴り上げる。
ドロップキック
得意というほどではないが、当時カマタのようなアンコ型のレスラーのドロップキックは非常に珍しかった。


(その他)
日本では、似たようなタイプのアブドーラ・ザ・ブッチャーの陰に隠れた地味な存在で、プロレスファンからも存在が忘れられた頃に、当時人気絶頂だったテレビ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』で仮面ノリダーの敵役であるジョッカー怪人「トーア・カマタ男」のモデルとなり、石橋貴明が演じた。
コワモテの外見とは違って、普段は物静かでビーズ細工を作るのが趣味だったという。

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開設日
2007年12月8日

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カテゴリ
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