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みんなでFREE HUGS

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詳細 2014年3月30日 18:30更新

みんなで抱き合おう♪
世界平和!!
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フリー・ハグズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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Juan Mann
Juan Mann

フリー・ハグズ(Free Hugs Campaign、Free Hugs、フリー・ハグ)はオーストラリア・シドニー市を拠点に2004年頃から始まり、2006年にはミュージックビデオにもなったインターネットを発祥の地とした社会現象である。
目次
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* 1 概要
* 2 歴史
o 2.1 成り立ち
o 2.2 インターナショナル・フリー・ハグズ・デイ
o 2.3 評判と行為の拡大
* 3 外部リンク

[編集] 概要

街頭で見知らぬ人々と、ただハグ(抱擁)することで苦しみや、悲しみを少しでも和らげ、楽しさや幸せを分け与え、その素晴らしさを他の人々にも伝えて行こうという活動である。 その様子はカメラマンがビデオカメラで記録し、YouTubeなどの動画投稿サイトで公開している。

こうした現象は世界各地へと広がりを見せているが、日本や中華人民共和国には友人と抱擁する習慣がないため、このフリー・ハグの活動が浸透していないのが現実である。

中国ではフリー・ハグ・キャンペーンに参加したメンバーらが、事情聴取のために警察に連行されるという珍事にまで発展した。
日本でも「Free Hugs」などと英語で書かれたプレートを持ち、同じ活動をしている若者がいるが、日本には抱擁の習慣が無いため日本人にはなかなか受け入れられていないのが現状である。また「Hug」という英単語の認識率も低いため、結局外国人観光客らと抱擁を交わすケースが多い。

[編集] 歴史

2001年、アメリカのジェイソン・ハンターJason Hunterが母親の死後「FREE HUGS」と書かれたプレートを持ってマイアミの海岸を歩いたのが起源だとされている。
その後、2004年にはオーストラリアのホアン・マンJuan Mannが同じように「FREE HUGS」と書かれたプレートを持って街を歩く姿をビデオに記録しYouTubeに投稿したことで世界中にフリーハグズの運動が広まった。

[編集] 成り立ち

とあるヴィデオが2006 年9月22日にYouTubeに公開され、2006年12月までに1500万もの閲覧を獲得してきた。ヴィデオのキャプションによると、これはオーストラリアのシドニーで収録された。ヴィデオの中では、主人公(『ホアン・マン』という仮名を名乗る)が「フリー・ハグ」FREE HUGと書かれた看板を掲げて、ハグを呼びかけながらピット・ストリート・モールを歩いていく。曲を作ったのは、地元のバンド、シック・パピーズだったが、マンは彼らと一年前からの知り合いだった。シック・パピーズのリード・シンガーで、このモールで働いていたシモン・ムーアがヴィデオ撮りを担当、曲に合わせた編集までをこなした。あるニュースでのインタビューでムーアが言うには、撮りを行ってから手をつけていないままだったのを、マンの祖母が亡くなったのを知って、このフリー・ハグズのヴィデオを編集した。彼への見舞いのために、天に供物を捧げるような気持ちで作ったのだという。彼は編集素材に自分のバンドの持ち歌『オール・ザ・セイム』All the Same を組み合わせて出来上がったものを、気分が回復するようにと、マンに送った。こんな行為こそ、ちょうどマンが「フリー・ハグズ・キャンペーン」で意図していたものだった。

当初持たれていたマンの動機への疑いは、やがて快くハグを受け入れる人とハグを呼びかける人々(男女を問わず)の緩やかな増加に取って代わり、普及が進んでいった。しばらく後に当地の守衛が、後には警官が彼らに向けてフリー・ハグズを止めるよう通告を行った。マンがこんな行為をするために必要な 2500万ドル相当の一般賠償責任保険に入っていないというのがその理由だった。マンと仲間たちは保険金なしでキャンペーン続行を許可してもらうよう当局を説得するための嘆願書を作成した。嘆願書には1万人分の署名が集まり、これを提出することで彼は「フリー・ハグズ・キャンペーン」を続ける許可を受けた。

[編集] インターナショナル・フリー・ハグズ・デイ

フリー・ハグズ・キャンペーン公式ウェブサイト上のフォーラムの参加者たちは、公式の「国際フリー・ハグズの日」を宣言することに決めた。日時は今年の7月7日、土曜日(もっときっぱり言うと、7/7/7の日だ)と設定されている。この日を設ける目的は、フリー・ハグズ・キャンペーンの存在を人々に知らしめるためなのだ。運営者たちはこの日、世界中の何百もの人たちがフリー・ハグズに携わってくれることを望んでいる。(公式ウェブサイト http://www.freehugscampaign.org

[編集] 評判と行為の拡大

*  ホアン・マンはオーストラリア「テン・ニュース」でレポーター、アンジェラ・ビショップにインタビューされている。
*  「フリー・ハグズ・キャンペーン」のヴィデオ・クリップはYouTube上で大量の積極的な反応を受けた。4万5000人以上がレーティングに投票したが、平均が五つ星中で四つという高いものだった。2007年4月現在では1500万以上のページ閲覧、2万6000以上のコメント、「お気に入り」ヴィデオ入りは 7万9000以上に達している。またサイト全体でも最多閲覧から10番目に位置している。同ヴィデオは2007年3月27日に発表された「YouTube・アウォード・2006」投票結果により"Most Inspirational(今年最も気持ちを高揚させてくれたヴィデオ)"賞を受賞している。
*  2006年10月4日、二人の学生(ショーン・ガーツ、クリス・ブレジンスキー)が米国オレゴン州のウィルソンヴィルのウィルソンヴィル高校でフリー・ハグズを実行した。
*  台湾のカレッジの学生、ユー・ツウェイは2006年10月に台北で「ハグ・エヴリワン・イン・台湾」キャンペーンを始めた。
*   ピット・ストリート・モールでの大規模な「フリー・ハグズ」の決行が、ニューサウスウェールズ州の労働者の日〔2006年10月1日 オーストラリアでは祝祭日「労働者の日」の日付は、州ごとに異なっている〕に設定され、この告知がYouTubeや他メディア報道で大量に伝達された。
*  2006年10月後半にはイタリアのいくつかの都市で、組織的に「フリー・ハグズ・キャンペーン」が行われた。
*  2006 年10月27日には米国イリノイ州のマッケンドリー・カレッジの学生たちが、ワールド・シリーズ5回戦の始まる直前のブッシュ・スタジアム(ミズーリ州セントルイス)の前で「フリーハグズ」を行った。この様子がメジャーリーグの公式サイト「MLBドットコム」を初めとする各メディアに採り上げられた。
*  2006 年10月30日、マンは米国のオプラ・ウィンフリーに彼女の番組「オプラ」出演依頼を受けた。この番組のプロデューサーかかりつけの医者が、 YouTubeで「フリーハグズ」ヴィデオを見て進言したからだという。マンは当日の朝、収録スタジオの外に出て、番組収録に参加するため待っていた観客たちに「フリー・ハグズ」を申し込んでいった。時間経過と共に、幾人かがマンとハグした様子が番組スタッフによってカメラに収められ、この日の番組で放送された。
*  2006年 11月4日、ホアン・マンの新しいヴィデオがYouTubeに投稿された。ここでマンは、多くの人々がヴィデオを見て積極的な反応をくれたこと、また多くの視聴のために払われた助力にもお礼を述べ、各国で「フリー・ハグズ・キャンペーン」が始まっていることを付け加えた。マンはシモン・ムーアと「フリー・ヘルプ」と名づけた慈善活動の構想を持ち出して、参加を促した。これは「良きサマリア人」のひそみに習って、必要なものが手に入らない人々への助力を、出来るだけ仲介を省いて直に与えるというものだった。この慈善活動は今では行われていない。
*  2006年11月6日、中国の上海で24歳の"バイグ"という人物に先導されて、11人からなるグループがキャンペーンを行ったが、公共の場で集会を開く許可を得ていないと当局に1時間勾留される結果となった。
*  「フリー・ハグズ」の催しが2006年11月10日に米国のコロラド州ボールダーで行われ、地元メディアで報じられた。
*  ベルギーでは2006年の終り近く、12月22、23日にアントワープで、同月30日にはゲントで「フリー・ハグズ・キャンペーン」が行われた。
*  2006年11月18日にスイスのジュネーヴ で、オンライン・コミュニティーの「ジュネーヴ・オンライン」が先導して、初めて「フリー・ハグズ」の催しが行われた。
*  「フリー・ハグズ」の創始者たちは2006年10月19日付の「WHOドットコム」(オーストラリアの芸能誌のオンライン版)にインタビューされた。
*  2006 年11月25日、「フリー・ハグズ」を行った米国シカゴ在住で友人同士のアンバー・グリヴェンとニコラス・マルコスは、現場にやってきた警官に向かってハグに加わるように説得した。翌月10日に彼ら2人は他の友人を伴って、今度は同市のダウンタウンで敢行した。彼らはFOXニュース・シカゴのスタッフの取材対象にされ、このレポートがニュース中で放送された。2人が撮った初めてのヴィデオに使われた歌 (ビーによる"Gimme All You Got")のダウンロード販売からの利益はユニセフに寄付された。
*  2007年1月28日には台湾の掲示板サイト、“PTT BBS"で出会った大学生グループが「フリー・ハグズ」運動をカオシュン(高雄)のアーバン・スポットライト・アーケイド(城市光廊)で始めた。
*  フランス政府は、AIDS(HIV)に感染した人々への待遇差別撤廃に向けた構想のひとつとして、街で「フリー・ハグズ」を申し出るサインボードを掲げた見知らぬ人を抱擁するよう、市民に働きかける予定だという。
*  オーストラリアABCのコメディ番組「ザ・チェイサーズ・ウォー・オン・エヴリシング」最新のシリーズで、製作者たちによりパロディ・ヴィデオが作られている。"Free Feel ups"、"FreeWedgie"、"Free Root"そして"Free Sign"である。
*  2007年4月14日、英国ニューカッスル・アポン・タイン 在住のポルトガル人ウェイトレス、サラ・ヴィエラは、ニューカッスル・シティ・センター前の通りで「フリー・ハグズ」を行い、BBCニュースと地元の新聞両方で報じられた。
*  「フリー・ハグズ」の言葉はYouTubeへのヴィデオでの登場以来、マイスペースやフェイスブックなど、数多くのソーシャル・ネットワーキング・サイトを通して、人々に浸透しつつある。

(この節、導入部以外Wikipedia Englishからの翻訳 en:Free Hugs Campaign)

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