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ナザレのイエス

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コミュ内全体

詳細 2017年3月5日 22:06更新

宗教というフィルターを通さずに、シンプルにイエスその人について考えるコミュニティがなかったので作成しました。

既存コミュのように「イエス・キリストは地上に降りて来てくださった神様」ではなく、例えばソクラテス、ゲーテ、カント、ドストエフスキー、トルストイ、ニーチェ、ヘッセ、サリンジャーなどを見るように、純粋に人間精神の問題のために奉仕した一個人としてイエスを見ることができればと。

そんな感じの方向で。トピックは自由に作成してください。


(以下、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』より抜粋)

イエスは預言されたメシアとして登場したただ一人の人ではなかった。
イエスは他のそうした人々と同じように、「神の御子」「神の国」「メシア」「救い」といった言葉を口にした。
そうすることで、古からの預言と自分を結び付けたんだ。
でも注意しなければならないのは、イエスはほかの人々とは違って、軍事や政治の指導者ではなかった、ということだ。
イエスの使命はもっと大きなものだった。
武力で神の国を再興してくれるメシアを、イエスの時代の人々は待ち望んでいた。

イエスは、神の国とは隣人への愛だと説いた。

古くからの、どこかキナ臭い表現がドラマティックに意味をずらされていることに気付いたね。
それだけではないよ、ソフィー。

イエスは、私たちは敵も愛さなければならない、と言ったんだ。

敵が私たちの頬を殴ったら、同じお返しをするのではなく、もう片方の頬も差し出せ、と。
イエスがどんなに稀な人間だったか。
イエスは天才的なやり方で、彼の時代の言葉を駆使して、古い言い回しにとんでもなく新しい、拡大した内容を与えた。
イエスのメッセージはまさに、コチコチになってしまったユダヤ教からの解放を告げていた。
イエスは、愛がなによりも貴いという、理性にもとづく宗教を説いた。
でも、キリスト教もまたたくまにコチコチの教義と空しい儀礼にこり固まってしまった。

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開設日
2007年10月14日

3481日間運営

カテゴリ
学問、研究
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