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趙治勲

趙治勲

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詳細 2016年11月23日 19:57更新

2016年03月19日 2015年棋戦優勝者選手権戦 優勝!!
2016年11月23日第2回囲碁電王戦 1勝1敗のタイで迎えた注目の対局は午後4時6分、「Deep Zen Go」の加藤代表が投了を告げた

【プロフィール】

【氏名/Name】趙 治勲    /  Cho Chi Hun
【ヨミ】   チョウ チクン /  チョウ チフン
【性別/Sex 】男 / Male
【段位/Dan 】九段 / 9 dan
【生年月日/Date of Birth】 昭和31年6月20日 /1956/6/20
【出身地/Hometown】     韓国釜山市 /Busan City/KOREA
【所属/Affiliation】    日本棋院東京本院/ Nihonkiin Tokyo
【タイトル数/Title Won 】 73(☆史上1位)

【棋戦主要履歴+α】
昭和35年 4歳で囲碁を始め、1年余りで高段者になる。自分は絶対に天才だと自覚する。
昭和41年ごろ
 6畳の部屋に3人ぐらいが並んで寝る生活。
 夜中にこっそりおきてトランプで賭け事をやる、
 トランプに弱い人の登場で半年で終了。
 おかげで囲碁に集中できたそうです。(2016.8.13 本人談)
昭和44年3段 恋をするも実らず。
昭和45年4段 恋をするも撃沈。
昭和46年5段 恋をするも轟沈。
昭和48年:第5回新鋭トーナメント優勝☆初タイトル獲得
昭和50年:第12期プロ十傑戦優勝
昭和51年:第24期王座戦で大竹英雄王座を2-1で破りタイトル奪取
昭和52年 結婚21歳
昭和52年 結婚2日後 尻に敷かれそうな予感に襲われる。
昭和52年 結婚4日後 予想通り尻に敷かれた。
昭和55年:第5期名人戦で大竹英雄名人を4-1(1無勝負)で破りタイトル奪取
昭和56年:武宮正樹本因坊を破り名人本因坊となる
昭和57年:名人、本因坊、十段、鶴聖の四冠
昭和58年:史上初めて棋聖、名人、本因坊の三大タイトルを独占
昭和59年:第9期名人戦で大竹英雄挑戦者を3連敗後4連勝で破りタイトル防衛
     ☆5連覇達成。名誉名人資格を得る。
昭和62年:第13期天元戦で小林光一天元を3-2で破る。
     ☆史上初のグランドスラム(七大タイトル制覇)を達成
昭和63年:十段奪取。天元防衛。
平成元年:第44期本因坊戦で武宮正樹本因坊を4-0で破りタイトル奪取
平成6年: 第18期棋聖戦で小林光一棋聖を4-2で破りタイトル奪取
平成8年: 棋聖奪還。11年ぶりに名人を奪取。二度目の大三冠を達成。
平成10年:本因坊10連覇達成。二十五世本因坊となる。
平成11年:王座獲得。名人防衛で四連覇。
平成14年:第9期阿含桐山杯優勝。第35回早碁選手権優勝。
     ☆タイトル獲得65となり二十三世本因坊坂田栄寿を抜き史上1位。
平成15年:第8回三星火災杯決勝で韓国の朴永訓四段に2-1で勝ち優勝。
     ☆国際棋戦で自身12年ぶりの優勝。
平成16年:第2回JALスーパー早碁優勝。
平成17年:第43期十段戦 王立誠十段を3-2で破り十段位を獲得。
平成18年:第44期十段戦 山下敬吾棋聖を3-1で破り防衛。
平成19年:第54回NHK杯優勝 ☆通算70個目のタイトル獲得
     第45期十段戦 山下敬吾棋聖王座を3-2で破り防衛。
平成23年:第1回 マスターズカップ優勝
平成26年:第3回マスターズカップ優勝
平成28年:名誉名人に
 朝はゴルフをうち、昼の3時ぐらいから8時ぐらいまで毎日5時間勉強している。
 一週間のうち3日は滝に打たれ、2日は瞑想にふけっているらしい(本人談)
 普通の人は滝じゃなくてシャワーで良いそうです。
【タイトル歴】

・国内棋戦

棋聖 8期 (1983 1984 1985 1994 1996 1997 1998 1999)
名人 9期 (1980 1981 1982 1983 1984 1996 1997 1998 1999)
本因坊 12期 (1981 1982 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997          1998)
十段 6期 (1982 1988 1989 2005 2006 2007)
天元 2期 (1987 1988)
王座 3期 (1976 1994 2001)
碁聖 2期 (1979 1986)
NHK杯テレビ囲碁トーナメント 優勝4 (1983 1992 1996 2007)
NECカップ囲碁トーナメント戦 優勝4 (1984 2000 2001)
竜星戦 優勝2 (1991 1993)
早碁選手権 優勝7 (1986 1990 1991 1992 1996 2001 2002)
新鋭トーナメント 優勝3 (1973 1974 1976) 
鶴聖 優勝2 (1982 1985) 
(優勝1回) 朝日八強争覇戦(1976)、秀哉杯、JT杯(1996)、プロ十傑戦(1975)、JALスーパー早碁戦(2004)、阿含桐山杯(2002)

・国際棋戦

世界囲碁選手権富士通杯 1 (1991)
三星火災杯・世界オープン戦 1 (2003)

【人柄・エピソード 】

4歳で碁を覚えわずか1年余りでアマチュア高段者並に。
対局中、髪の毛をかきむしる癖がある。

対局中、よくぼやく。かつては坂田栄男・大平修三とともに「三ぼやき」と言われた。
小林光一によると、これは考えるリズムをとるためのもので、出る言葉はあまり当てにならないとのこと。調子を取り戻すと、ぼやきは止まる。

かつては対局中マッチ棒をポキポキ折りながら考える癖があり、徳用マッチ箱を傍らに置いていた。

ライバル小林光一とは、126戦して63勝63敗(2009年4月現在)と全くの五分だが、タイトル戦では多く勝ち越している。また126戦は同一カードとして史上最多記録。

対局中、自らの打った悪手に腹を立て、脇息を投げ飛ばしてしまったことがある。自らの頭や頬を叩くこともしばしばある。

タイトルマッチ七番勝負(棋聖戦・名人戦・本因坊戦)の戦績は29勝9敗(2009年現在)。3連敗4連勝も3回達成している「七番勝負の鬼」(ただし、林海峰から3連勝4連敗も1回食らっている)。

碁に対する執念はよく知られているが、一方で大盤解説、TVなどで見せる軽妙なトークにも定評がある。

張栩には大きく負け越しており、天敵というべき存在である。2009年に出演した囲碁・将棋ジャーナルで、張栩の対局するNHK杯戦へのコメントを求められ、「張栩さんに(トーナメントから)早く消えてほしいですね。張栩さんがいると、私は悲しいですから」と語り、他の出演者の笑いを誘った。

将棋が趣味。ネット将棋のハンドルネームは、将棋棋士の羽生善治と谷川浩司からとって「ハブタニ」であると明かしている。

2002年の王座戦第二局で、自らの手番にもかかわらず、対局相手(王銘エン)の手番だと思い込み、記録係の秒読みのうちに打たなかったため、切れ負けするハプニングがあった。

2009年10月8日、台風18号の影響で交通機関の乱れから梅沢由香里はじめ不戦敗の棋士が続出する中、天元戦予選(対河野貴至戦)のあった趙治勲も不戦敗扱いとなる1分前の59分遅れで対局場に到着。

「持ち時間から遅刻時間の3倍分をペナルティとして引く」という規定により、持ち時間3時間のうち2時間57分をペナルティで引かれた趙だったが、持ち時間3分で息も切れ切れという悪環境にもかかわらず勝利をおさめた。


【語録】語録
「碁に負けると僕には絶望しかない」
「厚いというのは地が多いことだ」

「僕は五段になるために日本に来たんじゃありません」(15歳で五段に昇段し、「おめでとう」と言われて)

「碁が弱くなっちゃいけない。麻酔だけは打たないでくれ。このまま手術をしてくれ!」(1986年 正月、交通事故で重傷を負った際、治療の医師に懇願。結局、下半身のみの麻酔で激痛に耐えながら手術を受けた)

「後は女装して女流のタイトルを狙いますか」(グランドスラム達成後の就位式にて)

「私が日本の碁に肩入れし、中国・韓国に負けてほしくないと考えるのは、日本のプレーヤーだから当然のことです。他に何の理由もいりません」

「坂田先生の時代とはタイトルの数が違うので、全く比較にはならない。しかし数の上だけでも尊敬する坂田先生を抜いたことは、素直に嬉しく思います」(坂田栄男の持つタイトル獲得記録64を抜いた時に)


※トピックはご自由にお立て下さい。

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開設日
2007年10月8日

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