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クリスティナ・ロセッティ

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詳細 2017年7月27日 01:11更新

イギリスの詩人、クリスティナ・ロセッティのコミュです。彼女の繊細な詩を愉しむところです。
彼女は1830年12月5日、ロンドン生まれ、1894年12月29日にロンドンでなくなりました。

クリスティナ・ロサッティ (1830-1894) の伝記
(以下はhttp://www.englishonline.co.uk/freesite_tour/resource/literature/rossetti.html よりの一部翻訳)

クリスティナ・ロサッティは1824年にロンドンに移ってきたイタリア人、ガブリエル・ロサッティの4人兄弟姉妹の一番若い子どもであった。1830年12月5日に生まれた。上の姉はマリア、二人の兄はダンテとウイリアム。クリスティナ兄弟は母の手により、自宅で教育された。熱心なアングロ・カトリックの信徒。クリスティナの姉、マリアは最後にはアングリカンの尼僧になった。

 クリスティナ・ロサッティの兄ダンテ・ガブリエルとウイリアム・ミカエルはロンドンのキングス・カレッジに通い、Pre-Raphaelite Brotherhood(前ラファエロ兄弟団)の創設メンバーとなった。この芸術家、詩人と批評家のグループは自然を仔細に観察し、モラル向上に相応しいと思える主題を取り上げるという遣り方をする集団であった。これはイタリアの芸術家ラファエロ(1483年〜1520年)が性的倒錯者であったからだ。ダンテ・ガブリエル・ロサッティは画家で詩人であった。ウイリアムは後にクリスティナ・ロサッティの詩の編集人となった。

 クリスティナ・ロサッティの初期の作品のいくつかはThe Germというラファエロ血盟団が短い間であったが発行していた雑誌で発表されていた関係で、彼女はダンテ・ガブリエル・ロサッティの描く絵画のモデルでもあった。しかし、彼女はこの団員ではなかった。現代的に言えば、彼らの詩はリッチで鼻につく位に甘いものであったが、彼女の詩は繊細なものであった。

 彼女の兄ダンテの描くスケッチをみると、若いクリスティナは魅力的にみえる。1848年、彼女はジェームズ・コリンソンと婚約した。彼は前ラファエロ兄弟団の団員であった。しかし、ジェームズがローマ・カトリック教会に帰依すると、彼女は婚約を解消した。後に、彼女が30年代前半、チャールズ・ケーリーと恋に落ちた。しかし、また彼女は宗教上の意見の相違で、それも破局。後に、兄のウイリアムは次ぎのように述べる、「彼女は彼の信仰を確かめ、彼がキリスト教徒ではないことを知ったからだ」。クリスティナ・ロサッティのキリスト教とは狭く、また普通の人よりももっと福音的色彩が強かったようだ。

 この時代の多くの未婚の中間階級の女性と同様に、クリスティナ・ロサッティは仕事につくことはしなかった。ただ例外は、1853年に彼女の父が悪化する健康と視力の衰えで、仕事を辞めなくてはならなかった時に、1年間、彼女と彼女の母が熟を経営したことがあったが、その時だけである。しかし、彼女は多くの有名な芸術家とその頃の文人と交わっていた。例えば、ウイスラー(Whistler)、スウィンバーン(Swinburne,)、そしてドグソン(the Reverend Charles Dodgson)であった。ドグソンがルイス・キャロルというペンネームで「不思議の国のアリス」を書いた人だ。彼らは兄の友人であった。クリスティナ・ロサッティの宗教的な見解は非常に強かったので、宗教的に相容れないと思った場所は紙で多い、そしてスインドルの長い叙事詩 「カリドンのアトランタ」(Atalanta in Calydon)しか読むことをしなかった。その後でなら、彼女はその詩を愉しむことができたのだった。彼女はその生涯を通じて詩を書き続けた。そして、1870年代には、基督知識促進教会(the Society for Promoting Christian Knowledge)のボランティアとして働いていた。

 クリスティナ・ロサッティの家族は非常に彼女には重要であった。彼女は二人の違う人物と恋したが、またそれは彼女の詩からも分かるのだが、つまり、人を恋する感情を表現し、また失恋した時の心の痛みを詩にしたが、彼女は結婚はせず、また家から逃げることもなかった。彼女の兄弟姉妹は彼女の感情の中心に位置し、ダンテが1872年に精神的に躓いたときには、彼女は心から驚いた。1882年にダンテが死に、彼女は自宅で世捨て人のようにして生活した。そこで、彼女はひたすら彼女の宗教的な人生に集中していた。1894年12月29日に、彼女は癌で死んだ。

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2007年10月6日

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カテゴリ
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