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日下部鳴鶴

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書に造詣の深い方なら日下部鳴鶴の作品に触れた事はあることでしょう。
興味のある方、どんどん参加してクダサイネ。


日本近代を代表する書家・日下部鳴鶴〔くさかべめいかく〕は、天保9年(1838)に彦根藩士の家に生まれました。明治維新後、官に就いて太政官大書記官にまでなりましたが、厚い信任を受けていた大久保利通〔おおくぼとしみち〕が暗殺された後、官を退いて書の道一筋に生きていくことを決意しました。ときに鳴鶴42歳のことです。
意外にも鳴鶴には、門下生時代というものがありません。はじめは一世を風靡していた巻菱湖〔まきりょうこ〕の書風を学んでいましたが、後に京都で活躍していた貫名菘翁〔ぬきなすうおう〕に私淑、そして明治13年(1880)、それからの運命を決定づける人物との劇的な出会いがありました。中国(清国)公使の随員として来日した楊守敬〔ようしゅけい〕との出会いです。
 楊守敬は書をよくし、鼎〔かなえ〕・鐘・石碑などの金石〔きんせき〕に刻された文字を研究する金石学者としても知られており、その来日は、膨大な碑版法帖〔ひばんほうじょう 石碑の拓本や書の複製本〕を携えてのものでした。鳴鶴は、巌谷一六〔いわやいちろく〕や松田雪柯〔まつだせっか〕ら志をともにする者と誘い合い、楊守敬のもとへ4年間通って書と金石学を本格的に学び、中国・六朝〔りくちょう〕時代を中心とした書体、書法を身につけるに至りました。その後は清国に遊学して著名な人々と交流することで見聞を広げる機会を得ます。深い学識に裏付けられた鳴鶴の書は一世を風靡し、その書体は近代以降の一般の書字のモデルとなり、その流れは現代まで脈々と受け継がれています。
鳴鶴の名声の高さは、その実力もさることながら、真摯な研究姿勢に共感を抱く人々との幅広い交遊関係に負うことも見逃せません。

http://longlife.city.hikone.shiga.jp/museum/past/theme/0407/outline.htmlより抜粋

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開設日
2005年08月08日
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アート
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