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山中貞雄

山中貞雄

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山中貞雄(映画監督 1909-1938)
 
□参考サイト
http://www.jmdb.ne.jp/person/p0146850.htm

□検索用ワード
邦画 日本映画 小津安二郎 黒澤明 黒沢明 溝口健二 日活 PCL 片岡千恵蔵 嵐寛寿郎 大河内伝次郎 河原崎長十郎 丹下左膳余話 百万両の壺 河内山宗俊 人情紙風船

* * *

管理人さんが
いらっしゃらなかったので引き継ぎました

以下、説明文追加させていただきました


2008,11,14 ヱリイ

* * *

映画監督 山中貞雄

中国戦線にて病に倒れる。享年29歳。


 昭和七年。嵐寛寿郎プロにおいて「磯の源太 抱寝の長脇差」でデビュー。以降、時代劇のみにも関わらず映画技法上新鮮さを持つ作品を撮り続け、召集されるまで21本の作品を残した。遺作となった「人情紙風船」の封切りの日に召集礼状を受け取った山中は「人情紙風船が山中の遺作ではチト淋しい」と言う言葉を残したまま、中国にて戦病死。彼の作品は現在殆ど消失し、僅か3本の作品でしかその才能を見ることができない。

「映画の記憶」内で示される「あんたのシャシンには情がある。恋がある。涙がある。ほてから詩がある。ポエジーや。他の誰にもないポエジーがあるんや。社堂やん、わかっとるんか」は「磯の源太」を最初に見た時のアラカン(嵐寛寿郎)の言葉と言われている。

 「社堂」とは山中のあだ名であり、撮影所では誰もが山中をそう呼んでいた。

 光と影の芸術である映画を愛した山中らしい「シャドウ」

 また、同じく「山中みたいな男を死なして何が戦争や」とはマキノ正博の言葉と言われる。



遺書

○陸軍歩兵伍長としてはこれ男子の本懐、申し置く事ナシ。

○日本映画監督協会の一員として一言。
「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。
負け惜しみに非ず。

○保険の金はそっくり井上金太郎氏にお渡しする事。

○井上さんにはとことん迄御世話をかけて済まんと思います。
僕のもろもろの借金を(P・C・Lからなるせ[#「なるせ」に傍点]からの払ッて下さい。)
多分足りません。そこ、うまく胡麻化しといて戴きます。

○万一余りましたら、協会と前進座で分けて下さい。

○最後に、先輩友人諸氏に一言
よい映画をこさえて下さい。     以上。

 昭和十三年四月十八日
                       山 中 貞 雄

合掌



「人情紙風船」が山中貞雄の遺作では
チト、どころか
大変さびしい!!!という方々の
コミュニティ

トピ立てはごじゆうに◎

開設日
2005年07月26日
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