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家族の闘病記(髄膜脳炎)

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詳細 2017年1月1日 20:05更新

『髄膜脳炎』
毎年100万人に1人の割合でかかる病気らしい。
この稀でポピュラーな病気は、情報なくして立ち向かう事が出来ない。
なぜなら、現代医学も何が起こるのか分かっていないから。
我々家族がそうであったように、少しでも誰かの役に立てればと、ここに記します。
最大の目的は、元気になった本人が、病気中に家族の混乱、苦悩、希望を余す事無く、包み隠さず見て貰う事ですので、文章も稚拙なら、内容も家族にしか分からない事だったりしますが、ご了承下さい。

基本的に、重苦しい内容ですし、本当に日記に等しい内容ですので、読み苦しさは了承下さい。

もし私が一人の心を傷心から救ってやることができれば、私の生きることは無駄ではないだろう。
もし私が一つの生命の悩みを慰めることができれば、あるいは一つの苦痛をさますことができれば、あるいは一羽の弱っている駒鳥を助けてその巣の中に再び戻してやることができるのなら、私は無駄に生きてはいないのであろう。
byエミリー・ディキンソン


《《あらすじ(家族編のみ)》》

2007年8月

32歳の弟が髄膜脳炎と診断されてしまった。
ただの扁桃腺炎から、重度の髄膜脳炎。
軽く考えていたのが突如の重症。
医師の判断は、マチマチで、脳の病気は未開の地だと痛感。
毎日毎日、段々と絶望へ向かっていきます。

2007年9月

意識不明になりひと月。
毎日、誰かをなぐさめる日々。
医師の判断は・・・植物人間。余命1日〜2,3年。意識の回復はないと、決断された。絶望の日々。絶望の底には更に絶望があると知る。
2度目のセカンドオピニオンの結果、希望の光が!!

2007年10月

転院先で好転しない日々。
医師にも家族にも焦りが見え始めた頃、弟に表情が生まれた。
意識の回復。
一度・・・何度か死刑判決を食らったが、見事、奇跡の回復を見せた弟。
眠り続けた主役。
彼の闘病は、ここから始まる。

2007年11月

リハビリの為、転院。大学病院2例目の奇跡と賞賛された。
とにかく、生きてて良かった!!
これからは、普通に戻る為の闘病が始まる。

2007年12月

普通への道は険しい。
改めてこの病気の恐ろしさを知る。
4ヵ月以上眠り続けた男が、半月かけて出来る事は、指が動く程度。
更に、精神的な錯乱と混乱。
普通って本当に難しい。

2008年1月

リハビリの為の転院先でリハビリ療養中。
未だ、記憶が錯綜中の為、交代は未だ遠い??

2008年2月

一人脱落。
離婚が決定した。ただ、本人にその自覚があるかどうか不明。
どえらい病気です。。本当に。

2008年3月

相変わらずの四肢不自由。障害等級が1〜2程度と診断。ただし、治る可能性もあるらしく、また、夢を追いかけます。
基本的に、闘病中ですが、前のように病原菌と戦うのでなく、不自由になった状況とどう向き合うのかに代わりました。
よって、今年に入ってから不定期更新です。

2008年4月

伸びに伸びたり退院。問題は導尿。尿意を感じない無いのが、退院を遅らせる要因となる。自律神経系に難あり。

2008年5月

遂に退院。
認知症・下半身不随・尿の問題・・・最終的には脊髄損傷による下半身への影響と、脳が腫れ上がった事による認知の影響が残った。ただ、この状況もまだ、確定ではないらしい。確定で無いと言う事は良くもなりうる。

2008年6月

退院1ヶ月。我々、素人が立てた回復計画図には程遠いが、医療者によると、回復が早いらしい。

2008年7月

退院2ヶ月。すでに、家族の闘病は終わり、今は自分との闘い。認知症などまだまだ家族のサポートなしには生きていけないが、今まで以上にサポートでしかない。
7月6日ヒロ永眠。急性心不全。享年26歳。
家族に闘病さえさせなかった突然の別れ。
辛く悲しい闘病生活だったが、こうやって考えると、幸せなんだなぁ。

2008年8月

なかなか、好転しない日々。
もう少し本人に自覚が出ればなぁ。。

2008年9月

進展あるらしいのですが、家族にとってはかなり緩やか。
焦りが出始める。。

2008年10月

大事件勃発。車椅子からの転倒で脳挫傷。新たに病気も増え、リハビリも大いに後退。

2008年11月

運命好転。症状は大いに後退してしまったが、新たな病気が増え、医療の300日ルールを超えて新たに医療が受けられる事に。

2008年12月

運命好転?予後は相変わらず芳しくないが、その事を考慮に入れて、手当申請を申し出た所、医者からストップ「治る者にこの申請書は書けない」との事。更に医者発から立って歩く足のギブス購入。本格的に立つ気配。本人は相変わらずノホホンですが・・・。

2009年1月

自分の置かれた状況に焦りが見え始める。
凹む事多し。

2009年2月

記憶力がずいぶん回復しました。まだまだですが、脳挫傷の前の頃までに回復したかも。

2009年3月

もう、2年が来ますねぇ・・・。脳挫傷によるリハビリは今月で最後です。

2009年4月

なんか、ここ、めっちゃ長くなってますね。TOPの内容紹介は、今月で終わります。ま、基本変わらずです。

2009年9月

2年越えは無事何事無く。ただ、何事も無くが問題・・・。

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開設日
2007年8月10日

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