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内海和子

内海和子

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おニャン子程多くのソロとユニットがチャートを騒がせたグループも無いだろう。中でも特に歌唱力として評価されていたのが城之内早苗と内海和子。前者は演歌を歌わせていたので、事実上アイドル歌謡を歌わせれば内海に敵うメンバーはいなかった。

おニャン子自体は、楽曲のセンスも勿論あるが当時ノリでチャート1位を連発していた部分もある、ニャンギラスがその代表だ。楽曲センスも歌唱力もどれをとっても当時のファンでさえ「何で1位?」と疑ったほど。 逆を言えば歌唱力が上でも必ずしも1位とは限らないのがおニャン子。

デビューが遅かったのも1つの要因だが、内海は1位を獲得しなかった数少ないメン バーだ。 が、しかしそれとは真逆で各曲の楽曲のセンスも素晴らしいことに加え彼女の歌唱力 が輪をかけている。
http://www.interq.or.jp/silver/you/1980/onyanko/utsumi.htmより)

幼少の頃から児童劇団に所属し、劇舞台の公演やテレビドラマに子役として出演して活動していたが、高校受験を機にそれらの活動を休止させて子役時代の幕を閉じた。芸能活動を再開したのは1985年4月。大学に進学したのと同時にフジテレビの新番組だった「夕やけニャンニャン」のおニャン子クラブのメンバーオーディション・コーナー、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」に出場し、河合その子らと共に合格し、翌週からおニャン子クラブのメンバーとして活動を開始。つまり、番組には実質的に第1回目から出演している。また、この合格後からほんの一時期、「夕やけニャンニャン」と同じスタッフで作られていた「オールナイトフジ」にも彼女は女子大生ともあって、オールナイターズの一員として出演していた。

平尾昌晃音楽教室に通っていたことから、おニャン子クラブのデビュー曲「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカルの一員に抜擢。また、子役経験も買われて、幾つものおニャン子主体のドラマには主役格で出演をこなすなど、おニャン子クラブ活動前期の代表的メンバーとなった。1986年11月、「蒼いメモリーズ」でソロデビュー。このソロデビューを機に、それまでフジテレビの預かりだったのが、ホリプロ所属となる。1987年4月、卒業というカタチで夕やけニャンニャンとおニャン子クラブを離れるが、同年8月の番組終了時までには何回かゲスト出演をし、おニャン子クラブの解散コンサートにも出演。1989年あたりからタレント活動と平行しながらカーレーサーとしての活動を開始。同じカテゴリのレースに出ていた男性と出会い(レース中にクラッシュしあったのが縁だとか)、1994年に結婚し芸能界を引退したが、おニャン子の復活イベントには必ず顔を出している。

(ウィキペディアより)




シングル
「蒼いメモリーズ」     (1986年11月17日)
「二十歳」         (1987年2月25日)
「もう君の名前も呼べない」 (1987年5月21日)
「風はエンドレスストーリー」(1989年7月21日)


アルバム
『LUNCH TIME』           (1987年3月21日)
『MY これ!クション 内海和子BEST』 (2002年3月19日)

最新情報

開設日
2005年07月24日
(運営期間4085日)
カテゴリ
芸能人、有名人
メンバー数
67人
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