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武蔵野ファンク

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詳細 2016年4月26日 07:28更新

武蔵野ファンクコミュニティへようこそ!
ここは都内で活躍中の武蔵野ファンクを絶賛応援中のコミュニュティです。

Guys From The Ghetto!
今、漢(おとこ)のFunkが熱い!

武蔵野ファンク / 愛と平和のクロニクル

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メンバー

★鐵切 伝九郎★ (司会兼SAX)
http://dencrow.com
★パルメザン★(trombone)
http://hajime.way-nifty.com/
★キリマンジャロ★(guitar)
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=378985
★チョイナチョイナ石川書記長★(Key)
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1100309
★Boss★(Bass)
http://funkybass.jeez.jp/
★ボボ・メキシコ★(Drum)


都内ライヴハウス、クラブなどで現在活躍中。


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結成当初よりJAZZ,Soul,Funkを軸にした独自のサウンドを構築。
FunkやJazzをベーシックにしながらも、より自由なJamサウンドを追求する。

2003年8月Keyのチョイナチョイナ石川書記長、Bassのボス、DJのGMXで結成。

ちなみに3人ともそれぞれの音楽活動の傍らと言うかたちでの結成であり、あくまで『バンド』でなくトラックメイキング中心の『ユニット』と言うかたちであった。

思えばこうした「ともだちつながり」によるきわめて緩い共同体意識は、現在に至るまで武蔵野ファンクの精神的なベースとなっている。

2003年11月Saxのデンクロウが加入。高田馬場Phaseにて旗揚げ。

ライヴイベントの幕間にターンテーブルを囲むようなセッティングで、さらにその周囲を観客が遠巻きにするような形。
ステージ上のバンドのきらびやかさに比べて圧倒的に地味な旗揚げであった。

〜以後Clubを中心にLIVEを重ねる〜

と、websiteにはあるけれど、実際この2003年11月から2005年4月までのライヴ本数は公式には3回、非公式には4回と言う。
きわめて少ないのは、メンバー各自がそれぞれ別の団体で活動をしていたことや、ただ単にこのユニットが単なる目新しさを狙っただけの如何わしい団体であったということであるとも言えるだろう。

思えば2004年10月24日の渋谷NoStyleでのDJイベントに参加したときには、武蔵野ファンクが登場したら、お客が独りもいなくなってしまったなんてこともあった。筆者個人にとっては今だにトラウマになっている。

その間にDrのボボ・メキシコ、
さらにTrbのパルメザンが加入。

所謂『ユニット』と呼ばれる如何わしい団体から、慣れ親しんだ『バンド』へと変貌を遂げる。

これと機を一にして、オリジナル曲が増えて、カバー曲というものを殆どやらなくなる。

このころまでによく演奏されたカバー曲は
『pass the peas/JB`S』
『freedom/ファラオサンダース』他、

ジャムバンド系の曲などもやったけれど、大体忘れてしまった。

〜以後ライヴハウス等を中心にLIVEを重ねていく〜と
websiteには語られるけれど、この頃からライヴハウスでもやらせてもらうようになった、という事である。

2005年5月完全自主制作CDをライヴ会場限定で発売、とある。

完全自主制作とあるのは、どこにもニーズがない、ということであり、ライヴ会場限定と言うのは、てめえらで勝手に音源持ち込んで商売した、ということである。
まあこうしたRecをすると言うことは、結局その時期に音楽性などが行き詰るということの言い訳みたいなもので、そうした時期であったのだろう。ライヴ会場でこのCDを販売したと言うが、よく売れた、と言う話は聞かない。

2005年8月DJのGMXがバンドを離脱。

自己のスタイルを追求と言うのがオフィシャルの理由であるが、武蔵野ファンクやってても女の子にモテないよ、と言うのがおそらく真実。
確かにその言い分は完全に正しいと思われる。いずれにせよ、ここでオリジナルメンバーの一角が崩れる。
尚新入団ということではないけれど、このころからデンクロウが自分のパートをサックス、だけでなく、『司会』を名乗るようになる。『
司会』と言っても、ただ勝手なことをライヴ中にしゃべっているということであるらしい。お客様に「お前ら」と呼びかけ、〆は「GodBlessYou.」などとふざけたことをぬかす彼は、秘かに毒蝮三太夫を尊敬している。

2005年11月Gtキリマンジャロ加入。

そもそも武蔵野ファンクはメンバー全員がいずれも別々の団体に所属しながらも、顔見知りだったり友人だったりと言う関係だった。
そうしたナアナア感のよさはメンバーのみには通用していたのであるけれど、むしろ数学者のようなキリマンジャロのプレイによって武蔵野ファンクはまた新しい時期に入ったと言ってもいいだろう。

2006年マンスリーの自主イベント『SoulGarden』を青山のイタリアンレストランJanojaで開催。

このイベントを通して様々すぐれたアーティストとの出会いがあったということにおいて、非常に団体としてもプラスになったと思う。
リーズナブルな予算でパスタやワインを食して、しかもソウルやR&B系の音楽が聴けると言うイベントは、特に女性客の動員を実現した。このイベントは2007年の九月まで続行。

同じく2006年から新中野『弁天』でマンスリーで飛び入り自由のジャムセッションも開催。

出演者は呼び捨てで、しかも出演者のやりたい曲よりも、アイコンなしのフリーセッションとか、ファンカデリックのmagottbrainを延々とやるなど、大変ユニークかつ適当なジャムセッションであった。
とは言え、ジャムセッションのルールはピースを合言葉にして、音楽の平和を実現する。

この2006年は武蔵野ファンク名義だけでも50本以上のライヴをやった年でもあった。
2007年もライヴもやるだけやったのかも。

2007年12月 アルバム『武蔵野ファンク』全国発売。

今度はてめえらで配るCDではなくて、全国のCD店におかれるCDを録音する。武蔵野ファンクだけでなく、宇宙灯ルをはじめ様々なアーティストに客演していただく。客演していただいたというのは、結局武蔵野ファンクだけではどうも、と言う意見が製作サイドにあったからであろう。
しかしながら宇宙灯ルによるオープニングは聴きモノで、これだけでも客演アーティストの意義はあったと言える。

何だかんだ言っても、どこかのお店でこのCDを買ってくれた、買っている人がいる。例えば名古屋とか富山と言う離れたところで俺たちの知らない誰かが俺たちの音を聴いてくれている事実に、感謝。


サザンソウル/ワシントンGo-Go/チャールズ・ミンガス/カウント・ベイシー/deepfunk、等をシェイクしFunkerの精魂を見せつける『男の星座』な団体です。

オフィシャルサイトでは音源も聴けますよ。↓
http://webstyle.jpn.org/m-funk/

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開設日
2005年7月24日

4156日間運営

カテゴリ
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