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ジェラルド・フィンジ

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イギリス音楽の中ではマイナーな存在…そんな英国の忘れられた作曲家フィンジが大好きだ!という方、たまたま彼の作品に出会ってハマってしまった!という方、これから聴きたいと思っているなんて方でもOKです、どんどん参加してください。彼の音楽について語れる場所になれば良いなと思います♪

「はじめまして」などのご挨拶トピはこちらへどうぞ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1531480

□■□ Gerald Finzi (1901-1956) □■□

フィンジは1901年にロンドンにイタリア系ユダヤ人の5人兄弟の末子として生まれる。8歳で父を亡くす。大戦中には、3人の兄が次々に他界してしまい孤独な少年時代を送った。作曲家を志したのは9歳の時で、13歳から作曲家兼オルガニストのアーネスト・ファーラーに師事した。ところが、彼が第1次大戦で戦死。

このように彼の幼少期には常に「死」が付きまとい、彼の人生に大きな影を落とすことになる。9歳という若さで作曲家になろうと決心した背景には、その深い悲しみを音楽という形でしか表現できなかった彼の不器用さが滲み出ているように思われる。彼の作風は叙情的な雰囲気に満ちている、シンプルで牧歌的な旋律が特徴的だが、そこにはいつもどこか悲しげな雰囲気が漂っている。

ファーラーの死去後はヨーク・ミンスター教会のオルガニスト、エドワード・ベアストウに師事した。1922年グロースターシャーに転居、次いで1925年からR.O.モリスに師事し、その後ロンドンに移り住んだ。1930年には王立音楽学校教授に就任、このころからヴォーン=ウィリアムスとの交流も始まる。

1933年になると女流芸術家ジョイス・ブラックと結婚したのをきっかけに、32歳でという若さでニューベリー近郊のアシュマンズワースに移り隠遁生活に入る。1939年には近郊の都市にニューベリー・ストリング・プレイヤーズという弦楽アンサンブルを結成し、18世紀のイギリス音楽の発掘と研究、それから知名度低い知られていない作曲家の紹介などにも力を入れていた。

隠遁生活を送るようになってからは、ワーズワースやハーディをはじめとした英文学書の収集、リンゴ栽培をしながら、年に1〜2曲程度のゆっくりとしたペースで作品を発表するようになる。

1951年、彼は白血病の診断を受ける。迫り来る「死」を予感した彼は、最後の大作チェロ協奏曲の作曲を始める。 そしてチェロ協奏曲が完成した翌1956年、彼はオックスフォードでわずか55歳という若さで無くなった。死の前日に病床にいた彼が最後に聴いた作品はラジオから流れるチェロ協奏曲だったそうだ。

・Gerald Finzi & The Finzi Trust
http://www.hyperion-records.co.uk/societies/finzi.html
・Gerald Finzi.org
http://www.geraldfinzi.org/?page=index.html

開設日
2005年07月22日
(運営期間4090日)
カテゴリ
音楽
メンバー数
248人
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