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伊藤蘭〜キャンディーズ〜

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詳細 2017年3月6日 04:46更新

昔の面影を残しつつ、素敵に歳を重ねた伊藤蘭。

伊藤蘭
出典: Wikipedia
伊藤 蘭(いとう らん、1955年(昭和30年)1月13日-)は、日本の女優。 本名は、水谷蘭。血液型はO型。日本大学第二高等学校を卒業し、日本大学芸術学部演劇学科中退。オーキッド所属。

来歴・人物
東京都武蔵野市・吉祥寺の出身。1973年(昭和48年)9月1日、田中好子、藤村美樹と共にキャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(ニックネームはランちゃん)。歌手専業中、一部自分だけがソロで歌う歌の作詞、(そのうちの大部分の)作曲をした。主な作品に、「つばさ」「アンティックドール」「黄色いカヌー」「へそまがり」「恋がひとつ」「今日から私は」「鏡の中で」「MOONLIGHT」「ろうそくの灯に」「ささやき」「悲しみのヒロイン」などがある。

1978年(昭和53年)4月4日のキャンディーズ解散と同時に芸能界を引退するが、後に芸能界に復帰し女優業に専念。1981年(昭和56年)には夢の遊眠社の舞台を踏む。1989年(平成元年)、俳優の水谷豊と結婚。 近年はナレーション業もこなす。

出演作品
映画
ヒポクラテスたち(1980年)
男はつらいよ 寅次郎かもめ歌(1980年)
俺とあいつの物語(1981年)

テレビ
君は海を見たか(1982年 フジテレビ)
あんちゃん(1982 - 1983年 日本テレビ)
事件記者チャボ!(1983 - 1984年 日本テレビ)
オレゴンから愛(1984年 フジテレビ)
京都サスペンス「月下美人殺人事件」(1987年関西テレビ)主演
こころ(連続テレビ小説、2003年 NHK)
太陽は沈まない(2000年4月- フジテレビ)
人生の楽園ナレーション(2000年10月- テレビ朝日)
誰よりもママを愛す(2006年7月- TBS)

舞台
少年狩り(1981年3月 夢の遊眠社)
ゼンダ城の虜(1981年10月 夢の遊眠社)
怪盗乱魔(1982年2月 夢の遊眠社)

年表
1972年4月、NHK「歌謡グランドショー」のマスコットガールとして「キャンディーズ」誕生
1973年4月7日、TBS「8時だョ!全員集合」のアシスタントとしてレギュラー出演
1973年9月1日、「あなたに夢中」でレコードデビュー
1974年3月17日、代々木・山野ホールで初コンサート(800人)
1975年2月21日、シングル「年下の男の子」リリース・初の大ヒットでオリコン6位を記録(スー→ランにメインボーカル交代)
1975年10月19日、キャンディーズ10000人カーニバル開催(蔵前国技館/8600人)
1975年12月31日、「年下の男の子」で紅白歌合戦初出場
1976年3月1日、シングル「春一番」リリース・オリコン2位を記録
1976年10月11日、キャンディーズ10000人カーニバル Vol.2開催(蔵前国技館/13500人)
1976年12月31日、「春一番」で2回目の紅白歌合戦出場
1977年7月17日、日比谷野外音楽堂でコンサート中、突然の解散宣言
1977年12月31日、「やさしい悪魔」で3回目の紅白歌合戦出場
1978年2月25日、シングル「微笑がえし」リリース・初のオリコン1位を達成
1978年4月4日、ファイナルカーニバル(後楽園球場/55000人)をもって解散

略歴
3人とも東京音楽学院のスクールメイツ出身。
1972年NHKの新番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールに3人揃って抜擢され、番組プロデューサーから「キャンディーズ」と名付けられた。
翌年1973年歌手デビュー。

デビュー前から人気バラエティ番組「8時だョ!全員集合」にレギュラー出演するも、しばらくはヒット曲に恵まれなかった。
当時の人気アイドルは妹的イメージで売り出すことが多く、キャンディーズも初めはハイトーンボーカルのスーをセンターでメインボーカルに起用し、この路線で売っていたが期待したほど売れず、5枚目のシングル「年下の男の子」(1975年発売)で方針を転換。
「お姉さん」的キャラクターのランをセンターでメインボーカルに据えて前面に出し、これが当たって初ヒットとなった。
以降のシングルでは、「わな」がミキのセンターである以外はすべてランがセンターを務めた。
ランをセンターに据えたのは当時のマネージャーである諸岡義明の提案によるものである。

その後も、個性の違う3人という組み合わせや、「8時だョ!全員集合」や、「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」などのバラエティ番組でコントまでこなす積極的なテレビ出演と、愛らしい振り付けを交えた数々のヒット曲により幅広い人気を獲得した。

遅れてデビューしたピンク・レディーとはライバルともいえる関係になったが、デビュー直後から社会現象的に爆発的な人気を獲得したピンクレディーに対し、レコード売り上げ等は劣勢だった。

1976年に入った頃には全員楽譜が読め、コーラスなどにも積極的に取り組むなど音楽レベルも向上。
さらにはメンバーの作詞作曲による作品も多く、当時のアイドルシーンには珍しく音楽に対して前向きに取り組んでいた。
後期のアルバム『早春譜』に至っては、作曲こそプロ作家との合作であったものの、全曲メンバーオリジナル(伊藤蘭名義7曲、藤村美樹名義7曲、田中好子名義6曲)による作品であった。

人気絶頂時の1977年に突如解散を発表。同年7月17日、日比谷野外音楽堂のコンサートでの発言「普通の女の子に戻りたい」は非常に有名で、流行語になっている。
3人は1977年9月末で解散する意思を固めていたが、事前に所属事務所の正式な了承を得ずに発表したこともあり、事務所の説得と話し合いの末、解散は半年間先送りされることになった。

この解散発表によってキャンディーズの人気は沸騰し、ラストシングルの「微笑がえし」では初めてオリコン1位を獲得した。
このためキャンディーズは解散によって人気を盛り上げたと言える。

1978年4月4日、後楽園球場に5万5千人を集めての解散コンサートが行われ、4年半の活動に終止符を打った。
この模様は全国にテレビで中継され、高視聴率を獲得している。
最後に述べた「私たちは幸せでした」の口上も有名。その後は一度も再結成をしていない。
この点では事務所の先輩であったザ・ピーナッツも同じである。

解散後、ザ・ベストテン内で引き続きランクインしたため慰労会を含めた海外のバカンス中に電話では有るがTV出演したことがある。
当時は海外との衛星回線が弱く放送直前繋がらない可能性があったためザ・ベストテンスタッフとキャンディーズスタッフ側とで一日中電話を繋いでいた逸話がある。

解散後
3人とも芸能界に復帰していた時期があった。

伊藤蘭は、俳優水谷豊と結婚。
現在は女優として活動中。
田中好子は、復帰後ソロでの音楽活動を行いシングル「カボシャール」などをリリースしたが、現在はおもに女優として活動中。既婚。
藤村美樹は1983年にソロ歌手として期間限定で復帰し、カネボウ春のキャンペーンソング「夢・恋・人」(シングル、アルバムともに同名)を発表、マスコミにも取りあげられ、ザ・トップテンにも10位にランクインしスマッシュヒットとなった。
以降、芸能界の表舞台には出てきていない。
復帰当時実業家と婚約中で後に結婚。

シングル
発売順 A面タイトル
発売日
作詞 作曲

1 あなたに夢中
1973.9.1
山上路夫 森田公一

2 そよ風のくちづけ
1974.1.21
山上路夫 森田公一

3 危い土曜日
1974.4.21
安井かずみ 森田公一

4 なみだの季節
1974.9.21
千家和也 穂口雄右

5 年下の男の子
1975.2.21
千家和也 穂口雄右
キャンディーズ初のBEST10入り

6 内気なあいつ
1975.6.1
千家和也 穂口雄右

7 その気にさせないで
1975.9.1
千家和也 穂口雄右

8 ハートのエースが出てこない
1975.12.5
竜真知子 森田公一

9 春一番
1976.3.1
穂口雄右 穂口雄右
10 夏が来た!
1976.5.31
穂口雄右 穂口雄右

11 ハート泥棒
1976.9.1
林春生 すぎやまこういち

12 哀愁のシンフォニー
1976.11.21
なかにし礼 三木たかし

13 やさしい悪魔
1977.3.1
喜多条忠 吉田拓郎

14 暑中お見舞い申し上げます
1977.6.21
喜多条忠 佐瀬壽一

15 アン・ドゥ・トロワ
1977.9.21
喜多条忠 吉田拓郎

16 わな
1977.12.5
島武実 穂口雄右

17 微笑がえし
1978.2.25
阿木燿子 穂口雄右
事実上のラストシングル、
有終の美を飾りNo.1獲得

18 つばさ
1978.11.21
伊藤蘭 渡辺茂樹

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開設日
2007年7月27日

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