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桜田淳子by阿久悠

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詳細 2015年3月13日 20:13更新

桜田淳子の歌が好きな人!宜しく!共に歌いましょう?


桜田 淳子(さくらだ じゅんこ、本名:東 淳子 あずま じゅんこ、旧姓は櫻田、1958年(昭和33年)4月14日 - )は日本の元女優、歌手である。秋田県秋田市出身。 国本女子高等学校卒業。サンミュージック所属(活動当時)。重度の近眼。3児の母。

1972年(昭和47年)、中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』で優勝し、番組史上最高の25社から獲得の意向を示すプラカードが上がった。翌1973年(昭和48年)2月25日に『天使も夢見る』で歌手としてデビューし、たちまち人気アイドルとなり、同世代の山口百恵・森昌子と共に花の中三トリオ(当時)と呼ばれた。『わたしの青い鳥』のヒットで、日本レコード大賞最優秀新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。

続く4曲目の『花物語』からはヒットチャートのベストテン常連となり、『はじめての出来事』ではオリコンの第1位を獲得。その後も『十七の夏』、『夏にご用心』、『気まぐれヴィーナス』、『しあわせ芝居』、『リップスティック』、『サンタモニカの風』など数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、18曲をチャートのベストテンに送り込んでいる。1975年(昭和50年)のオリコン・シングルレコード売り上げ年間第1位、ブロマイドや各種人気投票でも女性歌手部門で1位になるなど、文字通り1970年代を代表するトップアイドルのひとりであった。

また、8時だョ!全員集合等ではコントにおいても非凡な才能を見せる。特に志村けんとの「夫婦コント」はお茶の間だけでなく、脚本家や放送作家からも絶賛する声が多かった。演技の素養は早くから注目されており、1978年に東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の直々の指名により『おはん長右衛門』で初舞台ながら長谷川一夫の相手役を務めて好演、 2年後の1980年には初の主演ミュージカル『アニーよ銃を取れ』で高く評価され、当時史上最年少で芸術祭優秀賞を受賞した。この頃から歌手としてよりも女優としての活動に比重が置かれるようになっていき、1983年に発売された小椋佳作曲のシングル『眉月夜』を最後に歌手活動を止め、完全に女優へ転身。その後、数多くの映画、舞台、テレビドラマに出演した。レコード、映画、舞台、テレビ、エッセイ等の分野で得た賞の質と数は芸能界でも屈指のものである。花の中三トリオの中でも、背が高くスタイルが良かったため、グラビア写真のオファーが殺到し、当時の『週刊プレイボーイ』、『平凡パンチ』、『明星』、『平凡』などで多数のグラビアを飾った。


喋り方に特徴がありサ行の発音が印象的で、ものまね番組などで良く真似されていた。フジテレビの人気シチュエーションコメディ『やっぱり猫が好き』内でも出演者の一人である小林聡美が度々、披露していた。

秋田出身であるためアイドルでありながら70年代後半にはトラクターのCMに起用され、そのギャップが話題になった。「やっぱり早苗さべさ」と秋田弁で紹介しているが、後にドリフで発揮されるコメディリリーフとしてのセンスが垣間みられる。


合同結婚式以降
1992年6月30日、5日前の山崎浩子の記者会見に続き、統一教会の合同結婚式に参加することを記者会見で表明して世間を驚かせた。このとき、彼女の姉が統一教会に入信しており、合同結婚式で結ばれた姉夫婦の姿に感化され、桜田自身も15年前(19歳頃)から入信していたことを自ら明らかにした。その合同結婚式で会社役員の東伸行と結ばれ、夫の地元の福井県敦賀市に移り住んだ。

結婚後、統一教会の様々な問題がマスコミで批判されていた中で、社会問題となっていた「霊感商法」についてコメントを求められ「物を売ることのどこが悪いんですか?」「普通のビジネス」などと答えたことが霊感商法を擁護したとして批判を呼んだ。しかし一部マスコミからは発言の前後の流れを無視した言葉尻のみを取り沙汰されることも多く、次第に発言そのものを控えるようになっていった。ちなみに現在まで、桜田自身が勧誘や霊感商法等の裁判で直接告訴された事実はない。[1]その頃、かつて自分の所属していた事務所サンミュージックの相沢秀禎社長に壷を売りつけていたのでは?と報じられたが、これについても「教会の講義を一度聞いてみたい」と桜田本人に頼み、紹介された関係者から後日購入したものであることを社長自身が明らかにしており、さらに桜田、社長双方共に「売りつけた、買わされたということではない」と述べている。その後も桜田が信者の集会や教会関連のイベントで講演したりしたことで、反社会的なことを行う統一教会の“広告塔”となっているとの批判が強くなったがそのような中で自身の発言が誤解を生むのを避けた。

1993年の3月に公開された映画『お引越し』への出演が現時点で最後の芸能活動となっている。騒動の最中、スポンサーが特定の宗教のイメージを嫌ってCMの契約が全部なくなったことや、「迷惑をかけられない」との理由で当たり役だった『細雪』の舞台(四女役)の降板を自ら申し出たことなどから、結婚後は仕事を干されたかのように報じられているが、1994年に長男を、1996年に長女、1998年には次女をいずれも自宅で自然分娩し、子育てに専念していた間も映画出演等の具体的な出演依頼はいくつか来ており、関係者や本人によれば「子育てで身動きが取れない」という理由で全て断っていたという。2000年4月に夫が経営していた会社をたたみ、同年8月、夫の高齢の母の世話をするため、近所の兵庫県西宮市に新築マンションを購入して関西に移り住む。その間2003年9月『桜田淳子BOX〜そよ風の天使〜』<完全生産限定10,000セット>が発売され、これにも自らの自筆メッセージを寄せて往年のファンを喜ばせた。2004年9月には東京都の世田谷の高級マンションに転居。「女性自身」での夫への直撃インタビューによれば、現在は株式等の資産運用で生計を立てているとのことである。

天使も夢みる
(1973年2月25日)
作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:高田弘

天使の初恋
(1973年5月25日)
作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:高田弘

わたしの青い鳥
(1973年8月25日)
作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:高田弘

花物語(1973年11月5日) 作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:あかのたちお

三色すみれ
(1974年2月25日)
作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:馬飼野康二

黄色いリボン
(1974月5月25日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:森田公一

花占い(1974年8月25日) 作詞:阿久悠
作曲:中村泰士
編曲:あかのたちお

はじめての出来事
(1974年12月5日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:竜崎孝路

ひとり歩き
(1975年3月5日)
作詞:阿久悠
作曲:筒美京平
編曲:筒美京平

白い風よ
(1975年5月10日)
作詞:石森史郎
作曲:桑原研郎
編曲:竜崎孝路

十七の夏
(1975月6月5日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:竜崎孝路

天使のくちびる
(1975年8月25日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:竜崎孝路

ゆれてる私
(1975年11月25日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:竜崎孝路

泣かないわ
(1976年2月25日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:萩田光雄

夏にご用心
(1976年5月25日)
作詞:阿久悠
作曲:森田公一
編曲:高田弘

ねえ!気がついてよ
(1976年8月25日)
作詞:阿久悠
作曲:大野克夫
編曲:大野克夫

もう一度だけふり向いて
(1976年12月5日)
作詞:阿久悠
作曲:穂口雄右
編曲:高田弘

あなたのすべて
(1977年2月25日)
作詞:阿久悠
作曲:和泉常寛、編曲:船山基紀

気まぐれヴィーナス
(1977年5月15日)
作詞:阿久悠、作曲:森田公一、編曲:船山基紀

もう戻れない
(1977年9月5日)
作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、編曲:船山基紀

しあわせ芝居
(1977年11月5日)
作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、編曲:船山基紀

追いかけてヨコハマ(1978年2月25日)
作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、編曲:船山基紀

リップスティック
(1978年6月5日)
作詞:松本隆、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平

20才になれば
(1978年9月5日)
作詞:作曲:中島みゆき
編曲:船山基紀

冬色の街
(1978年12月25日)
作詞:橋本淳、作曲:中村泰士、編曲:萩田光雄

サンタモニカの風
(1979年2月25日)
※ナショナルエアコンCMイメージ曲
作詞:阿久悠、作曲:萩田光雄、編曲:萩田光雄

MISS KISS(1979年5月25日)
作詞:阿久悠、作曲:佐藤準、編曲:佐藤準

パーティーイズオーバー(1979年8月25日)
作詞:伊藤薫、作曲:伊藤薫、編曲:松井忠重

LADY(1979年11月25日)
作詞:尾崎亜美、作曲:尾崎亜美、編曲:鈴木茂

美しい夏(1980年4月21日)
作詞:康珍化、作曲:馬飼野康二、編曲:船山基紀

夕暮れはラブソング(1980年7月21日)
作詞:岡本おさみ、作曲:深町純、編曲:深町純

神戸で逢えたら(1980年10月21日)
作詞:三浦徳子、作曲:鈴木邦彦、編曲:鈴木邦彦・松井忠重

化粧(1981年1月1日)
作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、編曲:大村雅朗

玉ねぎむいたら…(1981年5月1日)※ドラマ『玉ねぎむいたら…』主題歌
作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃、編曲:船山基紀

ミスティー(1981年6月5日)
作詞:小林和子、作曲:小田裕一郎、編曲:大村雅朗
This is a Boogie(1981年9月21日)
作詞:実川俊、作曲:小田裕一郎、編曲:大村雅朗

窓(1982年8月5日)
作詞:犬丸秀、作曲:犬丸秀、編曲:青木望

眉月夜(1983年9月5日)
作詞:茅野遊、作曲:小椋佳、編曲:奥慶一

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2007年7月23日

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