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代走☆今井譲二

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コミュ内全体

詳細 2015年11月13日 20:35更新

【代走】
野球において出塁した打者に代わる走者の事。またはピンチランナー(広辞苑より)

こんな野球選手はたぶん古今東西いないだろう!

★野球選手でありながら、ボールもバットもグローブも必要ない男

★陸上選手でないのに『走る事だけ』で飯を食えた野球選手

★選手生活11年、『代走』だけで飯を食えた男

★『プロの代走屋』『代走一筋』『代走専門』『代走のスペシャリスト』と呼ばれた男

★チームの勝利を優先する為に野球選手に必要な『打撃』『守備』を捨て自分を犠牲にした男


その男の名は『今井譲二』

走る野球選手というと誰を想像しますか?
イチロー(マリナーズ)、川崎(ソフトバンク)、赤星(阪神)ですよね?
でも彼らは攻・走・守 三拍子揃った理想的な野球選手です。

でも『今井譲二』は『走る』だけ、しかも『代走』だけの選手です。

彼は1979年から1989年まで広島東洋カープで在籍したプロ野球選手です。
広島カープ黄金時代後期に『代走要員』として活躍した選手です。
特に84年、86年のリーグ優勝時は『代走』という地味な役割で多いに貢献しました。

【エピソード1】
選手生活11年で打席に立ったのは『たった31打席』
ヒット数は『たった5本』
87年に限っては36試合出場して『打席数0』

【エピソード2】
広島カープの入団テストとは知らず、テストを受ける
50mを5,6秒で走る俊足と、広島市民球場のホームから外野右翼フェンス際まで投げる強肩で見事合格。
しかしこの事が大学に知られて、リーグ戦メンバーから外れされる。

【エピソード3】
<代走人生のきっかけ>
83年6月6日の中日戦。初めての代走としての出番は、1点リードされた9回無死一塁の場面である。
初球から盗塁のサインが出ていたが、やっと走れたのは、「アウトになってもいい」との決断をした3球目。
結局は、この二盗が長内の逆転2ランの呼び水となった。
「勝つにはこういう野球もあるのだな、とその時に思った」。
これをきっかけで今井は代走に人生を懸けたのである。

【エピソード4】
代走として生きる決心をした彼は相手投手の癖を盗む為に投手のビデオを収集し徹底的に研究をする。
その成果があり、投手が牽制してくる癖やリズム、さらに、捕手の出す牽制のサインを上腕の動きだけで読めるまでになる。


このような素晴らしい個性的な野球選手のコミュニティがないので作成しました。

カープファン以外のかたや野球に興味ないかたでも遊びに来て下さい。

【今井譲二】
★1956年熊本生まれ。
★鎮西高(熊本)、中央大を経て、79年にドラフト外で広島カープ入り。
★背番号:60→36番
★ポジション:外野手(守備をしている記憶はありません)
★89年引退。
★引退後は熊本の実家の鮮魚商を引き継ぎ、多忙な日々を過ごしているらしい

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参加メンバー 39人

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開設日
2007年7月12日

3436日間運営

カテゴリ
スポーツ