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東伏見宮依仁親王

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詳細 2012年1月3日 02:09更新

初め名を定麿王といい、明治2年(1869年)兄宮山階宮晃親王の養子となる。イギリス留学を経験した後、明治18年(1885年)12月に小松宮彰仁親王の養子となり、明治19年(1886年)5月に親王宣下を受け明治天皇猶子となり名を依仁と改める。明治20年(1887年)フランス・ブレヒト海軍兵学校に留学し明治23年に海軍少尉に任官される。以後は海軍軍人として生涯を歩み、横須賀鎮守府司令長官、第二艦隊司令長官を経て大正7年7月海軍大将に進む。

明治36年、小松宮彰仁親王薨去の時点で依仁親王は継嗣であったが、継嗣を停止の上新たに東伏見宮を創設した。親王は、英国ジョージ5世の戴冠式に東郷平八郎、乃木希典を随員として参列したほか、大日本水産会総裁、日仏協会名誉総裁などを歴任する。

大正11年、56歳で薨去。薨去に際し大勲位菊花章頸飾と元帥の称号を賜った。親王には継嗣が無く、東伏見宮は一代で廃絶となったが、久邇宮邦彦王第三王子邦英王が東伏見宮の祭祀を受継ぎ、東伏見の家名を賜り臣籍降下し伯爵となる。邦英王は、大正8年より東伏見宮邸で養育され、親王薨去の際は御沙汰によって葬儀の喪主を務めていた。事実上、邦英王は、養子に近い存在であったといえる。邦英王は後に京都・青蓮院門跡門主となり東伏見慈洽と号した(平成16年2月、次男にその地位を譲る)。

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参加メンバー 4人
開設日
2007年7月2日

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カテゴリ
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