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Cosmosology

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Cosmosologyとは永久を願いつつも以外と短命で稀少であるコスモス細胞をいかに延命するかを考えるものである。もし自分にあるというのならば、それは偽証であるといってもよい。それほどまでに、危機的であり、過去への影響が強いのである。

まず延命の定義をしなくてはならない。コスモス細胞は消滅を運命づけられているものあるが、自殺的な疑似復活も可能である。しかし、これはCosmosologyの精神には反するものであり、議論の価値もない。永遠を望むのであればすなわち死を意味する。延命とは延ばすことであり、戻すことではないことをここに宣言しなければならない。

稀にであろう的なものもあるが、重要なことは精神論とイデア論をあわせ持たなければ解けないことである。表面的なものは不精であり、真実を狂わせる。時にそれが、メディアを通した確信的犯罪にも繋がりかねない。故にサーベイでは絶対的なものは見いだせないが、それでもある程度の予測はたてられる。いくらかは判断できるが邪魔なのは羞恥心と後ろめたさである。このガラスさえなければ!

上記を受けて氏はこう述べている。
《コスモス細胞を感じとるとは、どういうことか、これが難しい。この世界は、あまりに充全であり、つぎ足す物は何も無い。コスモスエネルギーは、ただ変化するに過ぎなく、常に不変であり、増えも減りもしない。しかし、感じ取ることができるのは、刹那であり、かつ、その一瞬の中に永遠の全体性を見出さなければならない。結果、失われゆくはかなさを抱くことに陥るのである。なぜに短命に感じるか?それは、時間の経過は、エントロピーの増大だからである。カオスの中に埋もれるその前に、変質するその前に、我々は、発見するしかメソッドが無いのである。しかし、急げば急ぐ程、ガラスは、厚くなり、エネルギーの本質から我々の目を遠ざけようと働くのである。結果、精神とイデアへの集中は、表層へと向かってしまうのだ。》

ガラスを割るのであれば、自分を捨てることである。
ガラスを外すのであれば、自分を否定することである。
ガラスが二重であれば、一層の努力が必要である。
ガラスに気付かないのであれば、それでも構わない。
ガラスに傷がついているのであれば、致命的である。
ガラスを開く術があるのならば、それはCosmosologyに精通しているといえる。

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開設日
2005年07月10日
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カテゴリ
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