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アジアが誇る鬼才 【朴 智星】

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コミュ内全体

詳細 2013年4月15日 01:29更新

*06−07シーズン、マンチェスターUがリーグ優勝ということで記念にこのコミュニティを作ってみました。

◆朴 智星
 パク・チソン

国籍 韓国
誕生日 1981年2月25日
出身地 水原
身長 175cm
体重 72kg
血液型 O


所属クラブ
2000-02 京都パープルサンガ
2002-05 PSVイントホーフェン(オランダ)
2005- マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)

機動力と豊富な運動量と攻守に渡るすべての能力を備え得点力にも優れた韓国代表。
中盤から前のポジションであれば、センターフォワード以外はどこでもこなせる高いユーティリティ性、試合が終盤にさしかかっても落ちない並外れた運動量はマンU入団当初のチームメイトは「なんだこいつは…」とみな
驚いたという。
06−07では1stチョイスとしてではなく途中出場が多くなるが『試合の流れを変える機動力』でチームを幾度となく救いリーグ優勝、CLベスト4へ導いた。
CLではセミファイナルでのミラン戦、怪我で出場なく
敗退したが朴チーがいたら…と悔いが残る。
今やアジアには中村俊輔が注目されているが朴こそアジア最高の選手といっても過言ではない。

経歴

明知大学校(韓国)に在学していたが韓国サッカーでは無名の存在だった。朴本人も「高校の時もKリーグのドラフトにはかかりませんでした」と回想している。
しかし明知大の監督と知り合いである当時京都パープルサンガ総監督だった木村文治のスカウトにより大学を休学し19歳で来日、京都パープルサンガに加入する。サンガ在籍中に大阪経済法科大学に入学するなど、日本に溶け込む努力も見せた。
このため、日本語も話すことが出来る。主にボランチのポジションで38試合に出場、3得点を挙げ、チームのJ1昇格に貢献。同時に韓国A代表でも徐々にレギュラーとしての地位を確立する。

2002年、21歳で出場した日韓ワールドカップでは、3トップの右サイドで起用され大会ベストゴールの1つに挙げられたポルトガル戦でのスーパーボレーをはじめ、チームの4位入賞に大きく貢献。大会最高の新人選手とも言われた。
その後W杯での活躍から恩師ヒディング元韓国代表監督のラブコールを受ける形でオランダ名門PSVへ移籍を確定させた。
日本でのラストマッチとなったのは天皇杯決勝鹿島戦という最高の舞台、この試合で貴重な同点弾を記録しチームの逆転勝利に貢献、クラブ初のタイトルを置き土産に、欧州挑戦へと旅立った。PSVでの1年目こそ今一つのプレーに終始しファンはおろかチームメイトにまで批判される事もあったが、シーズンを追う事に真価を発揮、04/05シーズンにはリーグ優勝に加え、チャンピオンズ・リ−グベスト4進出に多大なる貢献を見せ、欧州において最も有名なアジア人プレーヤーとなった。

オランダでの3年間で2度のリーグ制覇を経験。特に3シーズン目は中心選手としてチームを牽引した。
そのハイライトが2005年のUEFAチャンピオンズリーグ。前大会準優勝のモナコや強豪リヨンを連破してベスト4まで勝ち上がる。
準決勝でセリエA・ACミランと激突。ミランのホーム、サンシーロで行われた1stLegでは、再三にわたってミランのDF陣を切り裂き、伊紙ガゼッタ・デロ・スポルトに「誰がこの鬼を止められるというのか」とまで賞賛された。そして、PSVのホームに帰った2ndLegでは、鮮やかな先制ゴールを奪い、ミランを敗北寸前まで追い詰めたが、終了間際にマッシモ・アンブロジーニにゴールを決められ、アウェーゴール数の差により決勝進出はならなかった。

この活躍が認められ欧州各国のクラブが獲得に乗り出し、プレミア強豪マンチェスター・ユナイテッド入り、
だが2005年UEFAチャンピオンズリーグのベスト4(PSV時代)という実績を持って入団したが、加入当初は、英国メディアの論調は厳しかった。
それはこれまで、プレミアリーグで成功を収めたアジア人選手がいないこと、多くのアジア人選手が、アジアのマーケット開拓の道具として獲得されていることなどから、朴智星もそうした広告塔ではないかと、懐疑の目で見られていた。また、彼の実力を評価していた専門家であっても、マンチェスター・ユナイテッドというビッグチームにあって、果たして出番は与えられるのか、不安視していた。
しかし攻守に献身的なプレースタイルと、質の高いフリーランニングで活躍し、シーズン中盤からはサイドのMFとして加入シーズン33試合に出場(先発23試合)、瞬く間にファーガソン監督やチームメイトの信頼を勝ち取る事に成功するとリーグカップ決勝ウィガン戦ではフル出場を果たし優勝に貢献している。

◆京都パープルサンガへ入団への決め手となったのは、当時京都に在籍していた三浦知良の存在による。

◆PSVアイントホーフェン時代、1年目のシーズンに一時期不調に陥ったことがある。
それは交際していた年上の女性と別れたことが原因の心理的スランプだとオランダ紙などで報道され、韓国紙でも「別れた原因はオランダと韓国の遠距離恋愛」などと報じられた。こうした報道に嫌気がさし、ますますふさぎこんだ。

◆TVゲームが好きで、休日はいつも家にこもってゲームをしている。

◆憧れの選手について聞かれると、いつも決まって、「いない」と答える。

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開設日
2007年6月19日

3714日間運営

カテゴリ
スポーツ
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