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尾車 浩一 

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詳細 2017年3月19日 19:30更新

琴風豪規(ことかぜ こうき)

「がぶり寄り」を武器に、膝の怪我に悩まされながらも見事大関まで昇進した力士で、「ペコちゃん」と呼ばれ人気も高く、相撲を取る前には学業で体育以外はオール5というインテリでもあった。

当時大関の琴櫻が引退後独立した際の弟子としてこっそりスカウトして稽古をつけていたが当時の佐渡ヶ嶽親方(元小結琴錦)に見つかり昭和46年7月に初土俵を踏まされてしまった。初めは琴櫻の内弟子扱いのためかなりいじめられたが当時琴櫻はまだ現役のため助けようがなかったという。琴櫻が引退すると突如親方が亡くなり白玉親方(琴櫻)が継承したためいじめはなくなったそうだ。

昭和50年代に活躍したが、左膝の大ケガで2度も幕内を陥落。大関目前から幕下30枚目まで落ちたこともあった。当時理事長の春日野親方(元横綱栃錦)が「今度こそはと思ったのに」と言う程である。それにもめげず1981年(昭和56年)9月、関脇で12勝3敗で初優勝、大関へ昇進した。当時は大関が1人もいないため関脇にとって昇進するにはこれ以上ないチャンスだった。更に1983年(昭和58年)1月にも14勝1敗で関脇朝潮との決定戦を制し、2度目の優勝を飾った。1984年(昭和59年)までは大関としてはかなり安定した優秀な成績で横綱昇進を期待されたが、良かった方の右膝も具合を悪くしてしまい大関陥落、平幕まで下がった1985年(昭和60年)11月場所限りで引退。現在は尾車親方として、尾車部屋を率いて後進の指導に当たる。

相撲に目を向けてみると、がぶり寄りは下半身が硬い琴風にとって必要に迫られた技でもあったが、上位力士にとっても侮れないものがあった。まず琴風の体型は、相手の懐に飛び込み、ひたすら前に出るには理想的であったこと、土俵際で投げを打たれにくいなど、相手の変化に影響されにくい利点があった。全盛期の横綱北の湖と初顔合わせの時、初優勝の場所で横綱若乃花を下した一番でも、このがぶり寄りが大いなる武器となり、技の利点を最大限に発揮していたものといえよう。しかし欠点もないわけではない。琴風は膝の怪我に悩まされていたが、膝の具合が悪いとがぶり寄りの威力が著しく減る。全身をバネにする技だけに、膝への負荷が小さくなかったのも事実であった。もっとも足を負傷している力士は口を揃えて「止まったり下がったりすれば痛くて我慢できなくなるけど前に出ている間は痛くない」と言うのでそれを考えると膝の悪い琴風には理想的な取口だったのかもしれない。

琴風が活躍した時代には様々な強豪がいたが、琴風の成績の安定さは下位力士に強かったことで、上位との対戦を多少強いられても十分勝ち越す実力があった。ライバルには朝潮(16勝10敗)、北天佑(12勝12敗)など。若島津、隆の里との対戦は琴風が大きく勝ち越すなど、上位にも通用する強さがあった。また晩年こそ勝てなくなってはいたが千代の富士にも強かった。昭和59年から引退する60年まではあまり目立った活躍とは言えなかったが、59年9月、蔵前国技館で最後となった秋場所では、入幕2場所目ながら「殺人突っ張り」で上位陣を圧倒的な強さで次々と破り、優勝候補に名乗りを上げた小錦を千秋楽でついに打ち負かすという大偉業をやってのけ、琴風にとってはもちろん、相撲史にも残る大一番をファンに知らしめた。

琴風の安定した成績を表すものとして大関時代の通算成績(212勝110敗8休)がある。これは勝率に換算すれば1場所15日制が制定された昭和24年5月以降に昇進した大関の中では最も高く(横綱、現役を除く。昭和以降でも歴代2位)戦後最強大関の候補と呼ばれる根拠として挙げられる。大関時代は皆勤して負け越したのは陥落直前の昭和60年3月に記録した5勝10敗のみ、勝ち越しギリギリの8勝7敗さえ2回しかなかった。下位力士に対する取り零しが少なく上位にも充分に通用していたことがこの数字に繋がった。現在でも「琴風の綱姿を見たかった」と話すファンがいる。


エピソード
学生時代には、体育系を除く教科で優れた成績を残し、教師を夢見ていたという。
琴風は中学生時代から土俵に上がっていたが、学期末に持ち帰る通知表に五段階評価の「5」が多く、保健体育以外の教科全てが「5」の評価だった学期もあった。当時子供のいなかった元横綱琴櫻の12代佐渡ヶ嶽親方は、冗談好きの弟子から「『1』の評価が最良で、『5』の評価は最悪ですよ」(本当は逆)と教えられたのを真に受けて、「琴風は気の毒に…相撲を取っているから学業成績が非常に悪いんだ」と嘆いていたらしい。
インタビューでの話し方も知性を感じさせる独特なものがあったが、これが好評で現在でもしばしばテレビの解説で活躍する姿が見られる。
審判部からの誘いが持ち掛けられ審判委員も務めたことがあるが、現役時代からの膝の故障で長時間座れないことを理由に短期間で断わっている。
サンデースポーツの解説担当時には、当時の司会者・原辰徳とアクション解説をする等の掛け合いが話題になった。
プロボクサー亀田興毅の名である興毅は琴風豪規の豪規からきており、父、亀田史郎が多少編集してつけたとされる。父・史郎は、琴風豪規のファンである。
現役時代歌謡曲「まわり道」を出し流行らせた。数年前の年忘れにっぽんの歌で二十年ぶりに熱唄し話題になった。
切手収集が趣味。子供の頃から熱心に収集し、珍しい切手も多数所有していたが、膝の怪我で幕下まで陥落した際、治療費に当てるために泣く泣く売り払った。後に「大切にしていた物であり思い出も多く大変迷ったが、相撲のほうがより大切だったので売却を決断した」と語っている。関取に復帰してから再び収集するようになり、現在も切手収集家である。

主な成績
通算成績:561勝352敗102休
幕内成績:395勝249敗80休
幕内在位:49場所

三賞・金星
三賞:殊勲賞3回、技能賞1回、敢闘賞2回
金星:6個(北の湖、輪島、若乃花)

各段優勝
幕内最高優勝:2回

レコード
「まわり道」(1982年) ※50万枚セールス
「東京たずね人」(1983年)
「東京めぐり愛」(1984年) ※石川さゆりとのデュエット。石川はこの曲をこの年のNHK紅白歌合戦で熱唱(琴風本人は登場せず)。

膝の怪我に泣かされた人でした。結局これが原因で若くして引退する事になってしまったのです。もっとも膝を故障したせいで前に出る相撲を心がけて、あの見事ながぶり寄りを完成させ大関まで昇進したのですから、判らないものですね。大関としても、優勝を2回していますし、「黒船」といわれて恐れられていた新入幕当時の小錦を上位陣でただ一人破ったりした事もあったりして、立派にそのつとめを果していました。それでいて、なんとなく明るいムードのあった人で、怪我で苦労した事など、全然匂わせませんでした。

苦労といえば、琴風の力士生活は辛いできごとからスタートします。力士生活晩年で引退をひかえていた琴櫻は、独立して部屋をおこす事を考えていましたが、師匠の佐渡ヶ嶽親方はそれを許しませんでした。しかし独立するとなればいい弟子を探しておかなければなりません。それで琴櫻は自分が見出した琴風(当時は中山少年)を自分の家に住まわせ、こっそり稽古をつけていました。自分の家には土俵がないので、近くの公園で稽古をつけていたのですが、そんな事をしていては人目に立ちます。ついにこの事が佐渡ヶ嶽親方に見つかり、中山少年は無理やり佐渡ヶ嶽部屋につれていかれました。こうなると琴櫻はあくまでも現役力士なので、表だってかばってやる事はできません。そのため随分いじめられたようです。それに堪えて初土俵を踏み、力士生活を始めたわけです。ま、そのうちに佐渡ヶ嶽親方が亡くなり、琴櫻があとを継いで佐渡ヶ嶽親方になったので、そんな思いもそれまでだったようです。琴櫻としては自分が見つけて来た弟子ですし、辛い思いをさせてもいるので、本当に琴風の事がかわいかったようです。何と言っても先代からの弟子でない力士の幕内第一号だった訳ですからね。

入幕した琴風は割合順調に上位へ昇進しました。そして「さあ大関」の声がかかろうと言う時に、膝を怪我して幕下まで下がってしまいました。ここから文字通り「不屈の闘志」で再入幕しました。この間に、膝をかばうために以前にもまして攻撃相撲を取るようになり、がぶり寄りを完成させるわけです。そしてこの取り方があっていたのか、がぶり寄りは素晴らしい威力を発揮しました。本当に見ていてホレボレとするようでしたね。がぶり寄りを得意にする力士はあまりいないので、より目立ちましたね。

怪我からの再起後、左膝が心配なのか、時間いっぱいになって塩を膝にそっとかけてから土俵に塩をまくようになりました。怪我をしないように祈りを込めているような感じがして、なんとなく応援したくなったものでした。

両膝を故障して、がぶり寄りが出なくなった時が、琴風の最後でした。大関陥落もそれが原因でした。しばらく平幕で取っていましたが、限界を悟ったのでしょう28歳の若さで引退してしまいました。引退後は師匠佐渡ヶ嶽の強力なバックアップもあって、尾車部屋をおこしました。それと同時にNHKの番組にも出るようになりました。なかなか判りやすい話し方をするので、好評なようですね。それとこの人が話していると、本当に雰囲気が明るくなるのですね。人柄がそのまま出るのでしょうが、得難い人ですね。

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