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四式戦闘機 疾風 キー84

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コミュ内全体

詳細 2017年7月11日 23:02更新

 日本が送り出した最強そして集大成と言える戦闘機のキー84 四式戦闘機 疾風です。軍部には高い性能を評価され大東亜決戦機と称されました。戦後米軍の詳細なテストにより日本の最優秀戦闘機と認められました!

これだけで日本最強を称するのはおかしいと言われてますが捕獲された四式戦は当初比島でもテストされ、実戦報告においてもその危険な性能が認められてます。

疾風の如く全戦線で活躍した戦歴 
大陸戦線
中国大陸で第22戦隊がP-40N、P-51B.Cを相手に奮戦した。

S19 8/28-9/25の間に22戦隊のみで報じた戦果は撃墜 P-40×5機 P-51×3機 P-47×1機 B-25×2機 撃破 P-40×4機 P-51×2 機 地上炎上 B-29×1機 わかる範囲だけでも18機。
その他の戦隊と戦って得た戦果、地上撃破も合算すると撃墜撃破40機程度と言われてる。
22戦隊のみの可能性が強いものを戦果照合すると

撃墜:P-40×3機 P-51×2機 B-25×1機 撃破:P-40×1機 地上炎上 B-29×1機。合計撃墜6機 撃破1機 炎上1機。
8/29日前半と後半の戦果は合算のため22戦隊の戦果は不明だが、強引に半々程度とするならP-40 撃墜1機 3撃破になり 合計撃墜7機撃破4機、炎上1機、総計12機程度になる。通常誤認は3-5倍程が常なので、3倍程ではそこそこ正確といえる。22戦隊の被害は撃墜6機&戦死6人、大破6機(内2機は戦闘以外によるもの)。
この時期にしては健闘したといえる。

従来報じられてた程活躍をしていないが、不利な状況で比較的奮戦をした。同戦隊は後に比島で戦い壊滅的な損害を受けた。本土で防空任務に従事後85戦隊と共に朝鮮で再編された。

85戦隊は22戦隊到着前より四式戦の配備を始め、22戦隊が去った後に機材を引継ぎ改編に拍車をかけた。

同戦隊における四式戦の活躍。
戦歴 S19 9/19-11/16
四式戦と二式単戦が報じた戦果。

撃墜(不確実を含む) P-51×26機、P-40×1機、B-24×4機、B-25×1、撃破P-51×8、B-24×2、B-25×1。
撃墜32機 撃破11機 総計43機
実戦果
撃墜 P-51×9、P-40×2
被弾 P-51×1、B-24×3、B-25×2
撃墜11機 撃破6機 総計17機
この間85戦隊の損害は自爆不時着含め13機。

5倍以上の兵力差の中相当奮闘したといえるが、爆撃機を撃墜できていない点を考慮すると戦略的には負けている。

注目なのは22戦隊が帰還以降P-51との交戦、撃墜が激増している点。質量共に相手の方が上のため爆撃機攻撃が思うようにできなかった。二式単戦の時のみよりも、四式戦の配備後明らかに戦果が拡大している。
12/18に航空兵力戦滅作戦により85戦隊はほぼ壊滅している。
しかし、その後の空戦においてもP-51と渡りあっている。
S20 8/9 104戦隊が屠龍と共にソ連の戦車隊を相手にタ弾攻撃を実施して戦車約20両の撃破を報じた。 
敗戦直前S20 8/13 朝鮮にて錬成途中である22、85戦隊が最強の空冷戦闘機P-47Nを相手に大空戦を展開している。
両戦隊合計機で数こそ多かったのだが、離陸が遅れ不利な位置から攻撃されると共に技量不足も手伝い1機を撃墜するも11機も撃墜されている。
脇森准尉の回想によると情報ではP-51来襲と聞いていたが、実際にはP-47来襲。空冷の敵を味方の四式戦と誤認して先手を取られてもいる。
比島戦線
後年比島にて制空任務で威力を発揮して一時的ながらP-38などを相手にまともに戦い(あくまで日本側のみの報告)フランクと恐れられるまでになった。稼動率も隼、飛燕などよりも高かったとされている。

だが、滑走路の状態が良好とはいはいえず、未熟な搭乗員も手伝い脚を折る事故が起きた。

この他二式単戦も多数自滅し、米軍側もP-47、P-51など土地整備のため後半にしか投入できなかったのも頷ける。

十倍を越す勢力差により、タ弾を用いた夜間攻撃において隼と共に従事したが、各戦隊とも全滅に近い打撃を受けてしまった。

ビルマ戦線
稲妻マークの第50戦隊の四式戦がある程度活躍しているが、配備数から隼の方が活躍している。
S19 10/20-S20 6/28 空戦における実戦果撃墜、撃破
四式戦の撃墜 P-38×2 B-29×1
撃破 P-38×2(両機片肺帰還) B-29×1(着陸時全損) スピット8×2
四式戦もしくは一式戦の撃墜 P-38×1 B-29×1
撃破 B-24×1 B-25×1

四式戦被撃墜9機(四式戦を落とした機体:P-38×5、B-24×2、スピット8とP-47が×1ずつ)

やはりP-38が強敵であるのを感じると同時に、四式戦が撃墜、撃破したのにB-29が多く含まれている事に注目できる。

本土防空戦
その後はB-29、P-51、P-38、F6Fなどと死闘を繰り広げている。撃墜比率でいえば四式戦も例外でなく大敗している。

誤認が濃厚だが、2/16に47戦隊は4機の損害で18機を撃墜。2/16、17の両日で51戦隊は3機の損害で8機撃墜、52戦隊は2機の損害で10機撃墜したとされ、相手は米海軍の艦載機であった。

その空戦(関東上空2/16,17)は、日本側損失が78機で275機を撃墜、米軍側損害が49機(一説には88機)で343機の日本機撃墜と発表してる。
日本側発表も過大すぎるが、米軍側も関東付近の陸海軍防空機(約350機)を
全て落とした事になり、これまた大量の誤認重複を含んでいる。・・・双方の発表や
参加戦力、地域等から考慮すれば、よく戦ったとはいえ敗色は否めず、余力の乏しさから日本側の方がはるかに打撃がおおきかった

この戦いで戦力消耗した陸軍は戦力温存に拍車をかけた。
6/10、52戦隊は房総半島においてP-51Dを3機撃墜報告したが、戦隊長など3名が戦死した。海軍もP-51を2機撃墜したが、少なくとも2名が戦死した。一方米軍のP-51に損失はなく逆に27機撃墜を報じ、天下無敵の強さを見せ付けた。
 
8/14には四式戦が二つの戦いにおいて戦果を挙げている。47戦隊の四式戦6機が第35戦闘飛行隊のP-38編隊5機を優位な位置から攻撃して1機撃墜するも、2機を撃墜されている。

他に滋賀の琵琶湖上空で哨戒中の246戦隊所属の四式戦(4機)が米軍のP-47、P-51Dおよそ20機と交戦している。
日本側はB-29に体当たり撃墜を行ったとされている藤本研二准尉が撃墜され、64戦隊のエースであった安田義人准尉が78戦闘飛行隊のP-51Dを一機撃墜した。

これらは大東亜戦争における陸軍戦闘隊、そして四式戦最後の戦果であると同時にライバルであるP-38最後の戦果でもある…

他の機体との比較
一般的に紫電改の343隊の活躍(映画太平洋の翼、漫画紫電改のタカなど)ばかりが騒がれ、紫電改こそ日本最強の戦闘機と言われている。しかし蓋を開ければ海軍善玉論、戦果誤認&源田の捏造、マスメディアの取り上げにより必要以上に評価されている。
甘い判定でもひどい実態。
http://earth.endless.ne.jp/users/mac0115/diary8_343.html

烈風や震電は実戦参加どころか量産すらされていないので比較の価値がない。
対して疾風は早くから生産されあちこちで多様な任務で活躍しているので紫電改と並べるのは不適切。紫電改は外地で戦っていないためまだまだ化けの皮が剥がれ足りていない。しかも3500機以上生産され空中分解の起きなかった疾風、紫電から新造に近い改修をうけ400機程度の生産で2機も空中分解した紫電改。

 零戦最強説も濃厚だが妥協に妥協を重ねて非常に遅い巡航距離速度で航続距離を延ばして、旋回が得意なのも低速度時に限られるからくりもある。バランス面で及ばない。

零戦最強論のきっかけができたのは恵まれてた戦況の賜物ともいえる。隼は二流戦闘機相手だから活躍できたと酷評されてるが、それは零戦自身にもいえる。

初期の格下相手以外は戦果誤認も半端なく台南航空隊、ラバウル航空隊も実戦果はほら吹きで有名なフライングタイガース並びに他の連合軍を笑うことなどできない…
現実には零戦自体P-40やF4Fにも大苦戦、いや負けている。相手より性能が上の時である零戦21型とFw-190A4がやたら高評価に対し、戦況悪化時で敵側より性能が劣りながらも性能向上を果たした零戦52型とFw-190A8が低評価なのも共通点がみうけられる。

しかも実際には隼、二式単戦、四式戦の戦果も対戦相手にはほぼ全て零戦の物と誤認されているおまけまで付いている。
五式戦は本土防空戦で僅かに戦ったに過ぎなく、実戦果も見れたものでない。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2795502
ベテランの証言によるとあたかも隼三型か五式戦を大量に採用すれば良かったという風潮がある。
だが定格割れである四式戦よりも両者は力不足であり戦果が全てを物語っている。それこそ両者を主力にしていればより悲惨な状況であったのは容易に想像できる。

四式戦は大量生産された割に活躍が少ないといわれてるが、明らかに戦況有利で敵に三流機や未熟なパイロット、
戦術が確立されておらず、隼や零戦が活躍できた時代と全く異なり全てにおいて相当劣る時代。

しかも隼や零戦が比較的善戦できたP-40もNなど新型に置きかわり、元から強敵であるP-38においてもJ/Lなど大幅に性能向上し自機の性能を極力発揮できる戦法を持った恐るべき敵機に成長している…
仮想戦記の様な活躍を期待するのが根本的に間違いだ。末期に戦力温存も手伝い陸軍戦闘隊自体あまり空戦をしてない。


この戦闘機は陸軍パイロットに四式戦、もしくはハチヨンと呼ばれていた。
四式戦のデータ

全長 9.740m 全幅 11.300m 全高 3.385m
主翼 21.00?u 水平尾翼 4.254?u
自重 2698kg  搭載量 1192kg 全備重量 3890kg

最大速度 624km/h 6000(m)巡航速度 380km
上昇能力 5000mまで6分26秒 
武装 機首ホー103 12.7ミリ機関砲 二門(弾数350発) 翼内ホー5 20ミリ機関砲 二門(弾数150発)

上記の最大速度は出力制限され、推力式集合式排気管のもの。推力式単排気管で出力制限解除の物は660km/hを出した。
ハイオク、高ブースト圧、非武装、無塗装の米軍捕獲機は687-689km/hを発揮した。
生産に携わった物によると量産機でも大方610km/h以上発揮していたとのこと。落下タンクを二本搭載した量産871号機は
高度6000mで583km/h  5000mまで6分48秒
尚米軍報告では400ノット(644km/h)を出す最も危険な相手と報告されている。

他にテストにおいて高度8000メートルで背面姿勢にて急降下を開始。750km/hを示した(真速度だと800km/h位)が、機体に異常は出なかった。
ライバルとなった強敵戦闘機達
P-40N
P-38J/L
P-47D/N
P-51B/C/D
スピットファイアMk8
FM-2
F4U-1D
F6F-3/5

スタイルは一式戦のスタイルを残しつつ、どちらかというと二式単座戦の寄りといえ大変洗練されています。胴体は一式、二式のように急激には絞られておらず、膨らみをもたせ九七戦を思い浮べさせる形態をしています。
アメリカのみならず
英国にまでも日本の最優秀戦闘機と言われるのをみても評価が伺えます。
 疾風が好きな方、格好いいと思う方、日本最強の戦闘機と思う方々はご参加ください!
10月半ば100人突破!
7月半ば150人突破!
6月半ば200人突破!

最終更新
10年8月14日

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開設日
2007年6月7日

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