mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

ホーム > コミュニティ > 地域 > 花園神社 例大祭

花園神社 例大祭

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

詳細 2016年5月12日 11:32更新

新宿花園神社の例大祭のコミュニティです。

新宿花園神社例大祭は毎年5月最終週に、新宿花園神社氏子八町会にて執り行われる、東京で最も都市部で行われるお祭の一つです。

西暦で偶数年が本祭り、奇数年が陰祭りとなり、本祭りには本社神輿・雷電神輿の2騎の宮神輿が渡御、陰祭りには八町会の町神輿が連合で渡御します。

▼花園神社縁起
 古くより新宿の総鎮守として、内藤新宿に於ける最も重要な地位を占めてきた神社です。家康公の入国以前の御鎮座で、大和国吉野山よりの御勧請と伝えられています。寛永年中以前の社地は、現在の伊勢丹のあたりにありました。しかし、朝倉筑後守がそこに下屋敷を拝領したため、神社がその下屋敷内に囲い込まれ、その由を訴えて現在の社地を代地として拝領しました。尾州徳川家の崇敬が殊に篤く、元禄9年(1696)より七代七十年間に亘る御崇敬を受け、元禄11年(1698)・正徳2年(1712)には社殿の造営寄進をうけています。
 明治以前は別当稲荷山三光院(新義真言宗・四谷愛染院の末寺)の奉仕するところでしたが、神仏習合廃止の際、本尊十一面観世音菩薩を愛染院に納め三光院は廃絶。ときの別当職・三光院大雲が花園吉野貢と改名し、初代神官となりました。
 古来「稲荷神社」と称しましたが、享和3年(1803)の2月初午に内藤新宿下町より壮麗を極めた額面が奉献されており、ここに「花園」の名称が初めて見受けられます。恐らくは、社地が元尾州家の花園だったという伝承に依拠していると考えられます。その後「花園稲荷神社」と称すようになります。後、青梅街道と甲州街道の分岐にあった「小安稲荷」を明治27年頃に合祀、新宿4丁目の「雷電稲荷神社」を昭和3年に合祀し、「花園雷電稲荷両社」と称しました。昭和40年6月に現社殿を建設し、同一本殿内に大鳥神社を合祀した際に「花園神社」と改名しました。
 享和3年(1803)・明治10年・昭和20年5月の戦災と三度全焼しており、古文書等の多くを亡失している。

▼氏子地域 八町会
「新一」新宿一丁目・・新宿一丁目南部
「新二」新宿二丁目・・新宿二丁目
「新三」新宿三丁目・・新宿二丁目
「新四・雷電」新宿四丁目・・新宿四丁目
「花園町」新宿花園町・・新宿一丁目北部
「三光」新宿三光町・・新宿五丁目西部
「番衆」新宿番衆町・・新宿五丁目東部
「新宿園」新宿園・・新宿五丁目中央部

▼宮神輿
・本社神輿(1980年5月11日完成)
 浅草・田原町・岡田屋布施の作。台輪寸法3尺5寸。
・雷電神輿(1988年完成)
 南部屋五郎衛門の作。台輪寸法3尺5寸。 

▼町神輿
・新宿1丁目
 大小神輿、曳太鼓
・新宿二丁目
 大は行徳・浅子周慶の作。中は浅草・宮本重義の作。小神輿もあり。
・新宿三丁目
 大は岡田屋布施の作。小は浅草・宮本重義の作。曳太鼓もあり。
・新宿四丁目
 大小とも浅草・宮本重義の作。
・花園町
 行徳・浅子周慶の作。
・三光町
 大小神輿、曳太鼓。
・番衆町
 詳細不詳。
・新宿園町
 大は浅草・宮本重義の作。中は南部屋五郎右衛門の作。他に小神輿、曳太鼓もあり。

(出典:http://iwanee.web.fc2.com/tokyo-seibu.htm

▼リンク
・新宿花園神社(http://www.hanazono-jinja.or.jp/
・新宿花園神社氏子青年会(http://www.hanazono-ujisei.jp/

コミュニティにつぶやきを投稿

最近の投稿がありません泣き顔
つぶやき・トピック・イベント・アンケートを作成して参加者と交流しようわーい(嬉しい顔)
参加メンバー 19人

もっと見る

開設日
2007年5月29日

3594日間運営

カテゴリ
地域
関連ワード
関連ワードを登録しよう

編集から関連ワードを登録すると、コミュニティがmixiワードに表示されるようになります!