mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

ホーム > コミュニティ > スポーツ > ボバンとピクシーの競演という幻

ボバンとピクシーの競演という幻

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

詳細 2015年2月1日 21:02更新

当時の旧ユーゴスラビアは複雑な社会構造としていた。旧ユーゴスラビアの国内には多民族・多宗教・多言語が存在し、世界的にみても気難しい国家の1つにかぞえられていた。そのため、内戦と呼ばれる争いが旧ユーゴスラビアの国内で絶え間なく続き、内戦がやがて国家の独立戦争へと発展するのにさほど時間はかからなかった。
クロアチアにもこのような背景があり、そしてあるサッカーの試合が本格的な独立運動へのきっかけとなった。
1990年5月。
当時、ドラガン・ストイコビッチが所属していたレッドスター・ベオグラード対ボバンようするディナモ・ザグレブによる優勝の行方を左右するこの試合で事件は起こった。
この頃、すでにあちらこちらで争いが絶えなかった旧ユーゴスラビアで合法的にクロアチア人がセルビア人を叩きのめすことができるのは、サッカーの試合しかなかったのかもしれない。サポーターたちの熱気も最高潮に達していた。
試合終了後、結果に不満を抱いたディナモ・ザグレブのサポーターが暴動を開始した。この暴動を抑え込もうとしたセルビア人の警官隊は、容赦なくクロアチア人のサポーターに対して暴力を振るった。その暴力の対象には当たり前のように子供も含まれていた。それは虐待にちかい光景だったにちがいない。
自分自身のため、クロアチアのため、そしてセルビア人に暴行をうけている少年のために、ボバンは警官に暴力を振るい少年を救おうとした。そして、この事件が原因でボバンは90年イタリアW杯に出場が決まっていた旧ユーゴスラビアの代表から外される。皮肉にもこの時、対戦相手だったレッドスター・ベオグラードのストイコビッチはこのイタリアW杯でピクシー(妖精)と呼ばれるくらいのすばらしいプレーを披露した。



もしボバンがストイコビッチと一緒にワールドカップに出ていたら、、、、、と考えてしまう人

コミュニティにつぶやきを投稿

最近の投稿がありません泣き顔
つぶやき・トピック・イベント・アンケートを作成して参加者と交流しようわーい(嬉しい顔)
参加メンバー 67人

もっと見る

開設日
2007年5月27日

3624日間運営

カテゴリ
スポーツ
関連ワード
関連ワードを登録しよう

編集から関連ワードを登録すると、コミュニティがmixiワードに表示されるようになります!