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浅川マキというブラックホール

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詳細 2016年8月5日 04:40更新

2002年の春ごろからつれづれに、書き、止まり、流れ、囀る、浅川マキという未来形の花鳥風月


思うに。

浅川マキさんの70年代後半から80年代はスゴかったよね。
ジャズからファンク、パンクまで全部飲み込んで消化していったんだもの。
自分の音楽感性の原点みたいなものが、
あの雑食なシンガーのおかげで支離滅裂になっちゃったんじゃないのかな。
などと、ふと、最近思ったのでした。

彼女をはじめて見たのが、確か83年の文芸座のオールナイト公演。
ジャズとか、ライブとか、まともに見ること、何もかもが、初めての頃、
浅川マキさんの存在力と、周囲の男達の凄みにブッ飛んだものだった。

渋谷毅さん、川端民夫さん、近藤等則さん(IMA)、向井重晴さん、
本多俊之さん、後々の後藤次利さん、セシル・モンローさん、
あ、坂田 明さんもいた。ドラムス・つのだひろ!!ってのもシビれるな。

いや、ちょっと本気で、浅川マキという存在について、誰かと語りたくて。

彼女の底なしの暗がりに飲み込まれた者たちの中の一人として、
やっぱりただのノスタルジーじゃないんだよな、 などと思いながら……。

いい男を揃えていますよね、
いつでも。

2001年10月、ピットインでマキさんを見たのですが、
相も変わらず若い男を引き連れていました。
ナマエさん、っていうテナーの方と、ギターの方。
「見つめる」「見守る」姿ってのが、またいい感じですよね。

マキさんのオールナイト公演を知ったのは、あれは、文芸座ルピリエの書店があって、
あそこでチラシ(今で言うフライヤー)を手にとって、だったかな。

僕は、アンダーグランドの世界は好きだと思うんですが、所謂アングラな場所とか、
カテゴリーとか、そういう巣窟みたいなことに安住するのが、あまり好きではないみたい
なのですね。

浅川マキさんの魅力ってのは、素地にそういうアングラ、というような部分をもちながら、
ゆるやかなハイブリッドで自己革新していく、という姿勢が、結局力になっている、
そんな気がします。

おそらく、僕は、浅川マキさんの色、というよりは、音しか興味ないのかもしれません。
だから、何となく、所謂アングラな場所、というのは避けているように思います。


確か、80年代半ばぐらいに10枚組のCDが出ましたね。
その頃までの代表的なアルバムを一挙CDにしたんだけど。
金のない若い僕は、無論買えなかった。

「灯ともし頃」は、春、秋のふわりとした季節にもってこいですね。
何せ、あのジャケットが哀愁だ。

「闇の中に置き去りにして」は、近年の中で非常に好きな一枚です。
正直、声域が狭まってしまったマキさんが、それならこれでどうだ!ってぐらいの脱力
で歌っているのが非常に好感が持てる。
たしかライナーノーツにもそんなことが書いてあったけど、
BGMにでもならば、ってようなこと。
何となく末期のビリー・ホリディの域に入ってきたのかな、という感想でした。
冬になると、聴きたくなる一枚であります。

「灯ともし頃、あたり、
今、聴くと、とてもはつらつとした若きマキさんがすがすがしく歌ったり、叫んだり
しているのが、いいです。
これを聴いていた20代前半の僕は、妙にマキさんの色気にやられていたのでした。

「『ふと或る夜、生き物みたいに歩いていたので、演奏者たちのOKをもらった』
なんて、ゾクゾクっときてしまいます。」
と、誰かが言った。
たしかに、そう思う。

変遷する音楽というか、フリーインプロバイズというか、
ともあれ、マキさんの音というのは時代で変化していますね。
変化しているのを楽しんでいるというか。

もとよりジャズってことが好きで、マキさんの磁力に引き寄せられたのですが、
ともあれ、聞き始めてから、何故、またこの曲を再アレンジ、あるいは
再々アレンジして録音するのか!ってことが非常に興味をそそりました。
中でも「少年」とかですね。(「BlackにGood Luck」あたり)

決してスタイルは所謂モダンジャズではないのですが、その新しい音とかリズムの取り
込み方が、非常に僕はジャズ的だと決めつけて自分の中で位置づけていました。
まあ、ジャズ、でなくてもいいのですが。

最近、自分の活動するエリアの中で、若きDJたちがハウスとか、ラウンジ系であるとか、
トランスであるとか、そういう変化し続ける音を自分の音楽感性で編集し、
披露し続けているという場面が僕を刺激し、最近、彼らに混じって浅川マキをDJする、
ってことをやりはじめました。

無論、マキオンリーではないのですが。
何かしら一つの音のストーリーみたいなのを作ろうか、って意志が働いて、付随してく
る音が、ジャコ・パストリアスであり、パット・メセニーであり、コルトレーンであっ
たり、阿部 薫であったりと。
そこらへんで、ジョニ・ミッチェルの音楽の作り方とどうやら符号するようです。

浅川マキという歌手に関して、
あれはいいですね!こいつはちょっと!ってのは自身の本意ではないし、
多岐に渡る面白さを持っている歌手を語るってところが、面白いんじゃないのかな。
と。

「アングラ」っていうコトバというか、そのキーワードに
もう少し若い頃の僕は非常に憧れもっていたと思うんですね。
おそらく今も、その憧れのようなものがあるのではないかな、と思います。

ただ、マキさんの世界に触れて行くその場に近づいた時に、
ある種確立されてしまった場面に失望していくっていうのがあったように思います。
(まあ、僕が一番好きな場所はジャズ喫茶なのですが)

その接点の中で、僕が一番意識し続けたJazzなのですが、
ある時代、アンダーグランドであったし、Anotherの文化であったのですが、
いつが分岐点なの分からないのですが、
一つのカルチャーになってしまっているような気がします。
そうなると、Under でもないし、Anotherでもなくなっちゃって、
本来のインプロヴァイズする力ってのが失せてしまっていて、
そこらへんから興味を失ってしまったような気がするんです。

店とか、酒場とか、場面ってのは、一つのベクトルの集積であるし、
そこに関わる方々が集まることによって価値を作って行くんだけど、
一つの到達点に達すると確実にカルチャーになってしまうんじゃないか。
実は、今はそれに対するカウンターカルチャーみたいなのが、
その名を冠にせずに存在するのではないのかな、と思います。

(今の若者たちの集積場所の中心となっている「クラブ」という場面が
 一つのヒントなんですが)

仮にノスタルジーという価値からいって、その場面の存在は非常に基調だし、
大切なんだけど、どうやらアングラといわれる文化の集積場所は、
自分のノスタルジーというカテゴリーにおいても違っているんじゃないかな、
と思います。

おそらく、今現在のアングラという場所には、
僕のアングラもノスタルジーもないってわけです。

これは、年代という部分かもしれないし、現在の都市と地方というエリアのくくりでの
差異なのかもしれないけど。
ここらへんはまた、僕自身の考えていく課題のような気がします。

僕が浅川マキという歌手が、古い楽曲を今という場面で演じる時には、
ノスタルジーだけではないパワーを感じるんですね。

ちょっとよく聴いていなかったんですけど、吉田拓郎さんが黒い空間・ル・ピリエで歌
ったという場面だけど、それってきっと“今”じゃないのかな、と 思います。

そういうことはないんだろうと思うけど、
マキさんがブルーノート東京で歌ったっていいんじゃないのかな。
力あれば、そういう企画もプロモーターになって打ってみたいな、
という思いだけはちょいとあるという感じです。

あるいはそういう場面があれば、アングラであろうと、トレンディであろうと、
行ってみたい。支持したい、とう思いでもあります。

今でもアングラ的な場所は嫌いではありません。

“嫌い”とはっきり断言できる場所は、いろいろあるのですが、
これはちょっと公共の場では、書けないんですが。

アングラというキーワードで、ふと今思い出したのですが、
アルバム「UnderGround」は、僕の中で90年代もっともお気に入りのアルバムです。

何故?

浅川マキが、ダンスミュージックになっているから。

不思議。

ライブが最高というか、マキさんの曲でライブでしか歌わない曲があるんですね。
「ロンググッドバイ」。
寺山修司氏の曲なんだけど。
僕は、はじめてのライブに遭遇した時にひどく感動して、
その曲をまた聴きたくてその後、何度もライブにいったのだけど、
さあ、聴けたのは今まで2、3回ぐらいなのだろうか。

僕が70年代、というか若々しいころのマキさんのライブで好きな部分は、
アカペラでものすごい存在感を放つ、あの伸びのある声でした。

真っ暗なステージに明かりがともると、フラリと現れて、ふっと声を放つ、
あのシーンですね。
見るたび、聴くたびに震えがきました。

京大西部講堂の「ライブ・夜」も勿論いいけど、紀伊国屋ホールでのライブ盤なんかで
は、「もう、いっちゃおうかぁ」っていう声が、やはり若々しくてステキでしたね。
無論、その頃の僕は、同時進行でマキさんなど聴いてはおらず、
後にレコードだけで聴くのですが。
(初めて遭遇した82、3年頃はある種成熟期であったし)

歌手、という存在は、確かにスタジオではなく、ライブの音でしょう。
それもやはりファンが聴きに行き、支えられるものでしょう。

先日、10年以上ぶりに聴きにいったら、結構若い方々が多くて、
マキさんは、
「以前来ていた若いお客様は、随分偉くなったのか、こなくなってね……」
「でも、一年に一回ぐらいは、来てよ!ね!」
などと言っていました。

ファンなら、そうだね。行きましょうよ。

浅川マキのディスコグラフィーがあった。

[浅川マキの世界]
[浅川マキII]
[MAKI LIVE](紀伊國屋ホール)
[ブルー・スピリット・ブルース]
[裏窓]
[MAKI VI](神田共立講堂ライヴ含む)
[灯ともし頃]
[流れを渡る]
[浅川マキ・ライヴ・夜](京大西部講堂)
[寂しい日々]
[ONE]
[マイ・マン]
[CAT NAP]
[WHO'S KNOCKING ON MY DOOR]
[幻の男たち]
[Selected Album by MAKI](初ベスト・アルバム+浅川マキ:語り新録)
[SOME YEARS PARST]
[ちょっと長い関係のブルース]
[アメリカの夜]
[こぼれる黄金の砂 -What it be like-]
[UNDERGROUND]
[幻の女たち]
[Nothing at all to lose]
[夜のカーニバル]
[STRANGER'S TOUCH]
[浅川マキの世界]
(CD10枚組BOX)
自選作品集
『浅川マキの世界』、『裏窓』、『浅川マキ・ライヴ・夜』、『ONE』、『CAT
NAP』、『SOME YEARS PARST』、『アメリカの夜』、『こぼれる黄金の砂-What it be
like-』、『UNDERGROUND』、『Nothing at all to lose』 1991
[BLACK -ブラックにグッドラック-]
[黒い空間](大晦日公演・池袋文芸坐ル・ピリエ)
[DARKNESS I]
[DARKNESS II]
[DARKNESS III]

一人称。

「かもめ」もそうなんだけど、マキさんの歌う歌詞って男性の「おいら」「おれ」が
多いですね。

ちょっとした出会い。

昨日、不良少女に出会った。
とはいっても、彼女が30年ぐらい前の話しなんだけど。
新宿のジャズ喫茶、ビレッジゲイト、木馬の話が出る。
ふと、浅川マキのレコードをかけると、彼女の心がはずみはじめるのがわかった。

不良少年、不良少女は、終わらない。

はじめての夜。
あれは、確か83年だと思う。
池袋の文芸座の「始発までコンサート」に言ったときのこと。
確か、コンサートがはじまる前に、映画を見たと思う。
映画が終わってから、しばらくどこかで暇をつぶして、夜の11時頃に入場したのかな。
座った席のとなりには、マキさんを長年見ているような人々がいたんだね。
知ったかぶりをして、「マキさんはフォービートがいいですよね」
というと、彼らは首を傾げていたように思う。
浅川マキという歌手のカテゴリーが非常にファジーであることを知ったのは、
そのコンサートがはじまってからだった。

渋谷毅さんのピアノについて、 本多俊之さんがマキさんの対談で
「あの人は、早い、ね」ということをいっていました。
おそらく、キックボクシング語でいうと「ハシル」って意味だろうと思います。
(ノビのあるスピーディなローキック)

トランペッター近藤等則さんとのマキさんのジョイントのステージは何度か見たんですが、
確かピコピコおもちゃが出ましたね。

その中の一つに、文芸座パイプイス事件があるんですよね。
僕は、近藤さんのその頃の立ち姿にとても共鳴するものがあった。
妙に彼は屹立していましたよね。

彼はその頃、浅川マキをフィルターにして、
全く違った音楽世界を創造していたんだと思うんだけど、
既成の枠だとどうしてもはみでちゃう。
そんなイラダチと共に、あのおもちゃのトランペットが次第に、
電気音に変わっていったんだろうな。との想像。
今思うと、彼はマイルス・デビス型のアッカンベ〜(べろべろばぁ)ジャズに
影響受けていたのが、よくわかります。

80年代前半のことをフツフツと思い起こすと、
あの頃アンダーグランドシーンってのが閉塞しつつある場面だったんじゃないかな、
と思います。

阿部 薫氏が亡くなった後だったし、
今思うに灰野敬二氏がNYに行っちゃったというような動向があったり。
(その頃は全く興味なかったんだけど)

世はポップの時代へ突入するし。
ついでにオイラは行くトコないから毎週ディスコに行って、安酒飲んで踊ってた。

そんなたわんでいくような時代性を横目に、
浅川マキ周辺ってのは、革新的だったように思います。

オルタナティブ、あるいはパンク中心の評論者であった森脇美貴夫氏の
「もう浅川マキしか興味ない」っていう言論も思い起こされる。
僕は、あの頃、マキさん以外、ほとんど面白くない、って状況でした。

寺山さんとマキさんの関係ってのは、不思議かつ必然的な気もします。

別世界というのは、どの意味なのか、文面でちょっとわからないのですが、
僕は一つの観点で、同じ感性の二人ではないのかな、と思います。

寺山さんもマキさんも、創作者、表現者という部分では、
ちがった部分もあると想いますが、
どちらも“編集者”であるということでは、非常に似ていると思います。

寺山さんの舞台、短歌、俳句、エッセイ、
それらは、数多くの本の編集であったといえるし、
マキさんの取り巻きのバンド、コンボ編成、歌、作詞、突拍子もない外国曲のカバー等々、
これは自らの視野にあるものを自己の表現形態への取り込み、
かつ編集し続けたものではないかな、と思います。

少なくとも僕と寺山さんは同じ世界の人であります。
何てったって僕は青森県出身なんですから。

実はジャズを最も愛する僕は、
所謂ジャズってものは聞かなくなってきました。

最近の僕は、自分の店にDJの方々が出入りするようになって、
日々HOUSE, TECHNOを聞くようになってしまいました。
そのHOUSEなどのDJの方々は、音楽に関する考え方が非常にしっかりした方が多くて、
“音の編集”という価値を非常に考えて提示しようと日々努力しています。

そういう部分で、僕のマキさんの価値、
ジャズの時代を超えた潜在能力のようなものとの共通項があると思い浮かびます。


想い出

青森の流れから、高橋竹山氏、そして「門付け」の話題。
僕の田舎では、「かんどづげぇ」というような表記の発音するんですが。

竹山さんをはじめて目にしたのが、彼が全国的に注目された70年代の初めだと思います。
その頃、方言というものが共通語から駆逐される流れにある中、
正々堂々と津軽弁を駆使しながら、
音楽論、人生論を地元の青森テレビで話していた姿が、非常に印象的でした。

その番組を見ていたら、母親が、「この人ぁ、よく実家に門付けにきてたよぉ」と言っていた。

確か幼い頃の母親は、お米を両手に乗せて、差し上げたのではなかったのかな。
(記憶ではそういったと思う。死んじゃったので、わかんない)

その頃が小学生で、その後高校生になると僕はジャズを聞き始めるですが、
レコードやラジオで聴く、竹山さんの音を聞いて、
これは、ジャズ、だよな、と思っていました。

NHKでの、作家の長部日出雄さんと友川かずきさんの対談でも、
津軽三味線は、
「ジャンズともロックともいえる、そんな音楽に通じるものがある」
というような発言が繰り返されたのも記憶しています。

口笛、吹きながら。

手前勝手な持論なんですが、メッセージ性とか別にして、
ロックってのはどれだけ遠く、広く人々を振り向かせられるか、
って音楽だと思っています。

ジャズ(あるいはジャズ的なもの)ってのは、
そこにいる人々をどこまで攪乱できるかって音楽かな、と。

昨日、ある人が、「ロックは頭を空っぽにさせ、ジャズは思考を深くさせる音楽だ」と
いっていましたが。これも一つの持論であります。

ともあれ、ロックってのは音がでかくなくてはいけません。
文明が作った音楽です。

ジャズってのは、プリミティブな要素がたぶんにありますね。
つまりは、まあ生楽器が主体だということなんですが。

僕は、ロックもジャズも好きです。
が、ただ単にデカイ音だけで勝負する音楽、ってのは、
ただひたすら嫌いです。

そんなわけで、浅川マキのアカペラは、いい、というわけです。

オレは、歌いたい!

西荻は好きです。
ココロひらいて酒のむのはきっと戎でしょう。
時間がなくて、なかなか外に飲みにいけないのですが。
ホントに飲み歩きたいんですよ。
別に反論とかじゃなくて、凝り固まるってところに、
僕なりの“愛”みたいなものがあるんですよ。
そんなこんな全部ひっくるめて、浅川マキっていう“ブラックホール”なんですよ。

またふとある人と符帳が合ったことを思い出したんだけど、地方とかいくとですね、
僕はジャズ喫茶とか、ブルース系の店を探すんですよね。

で、だいたい必ず見つかるんです。そういう同じ行動性のある方と出会って、
何でそういうニオイみたいなものを察知する力があるんだろうか、
なんて話したんですよね。

大体は、ギンギラの繁華街のちょっとはずれにあるんですがね。

よく考えるとその立地の理由ってよくわかるんですが。
音出したいけど、一等地では家賃が高い、
けどそこそこの場所じゃなくてはイカンというわけで。

吉祥寺と荻窪の真ん中。
西荻ってのは、そういう街としての一つの立地なんでしょうね。
最近ではお洒落な店も多くなって、ずいぶん変わったモノです。

思い出したんだけど、僕が一番ココロひらいて酒飲める場所、って、
実はやっぱり故郷の青森県十和田市の繁華街のスナックなんですね。

カラオケやったりですね。
チンコさわってくるママがいる店なんだけどね。
そういうところで、「かもめ」歌うんですよ。
そこらへんのマキさんの歌とかは、屋台のAMラジオから流れてきたら、
いいだろうね。

まあ、ロックとか、ジャズとかジャンルのキーワードでたんだけど、
マキは、「流行歌」って感じがいいのかね。

そこらへんにシビれる、わけですよ。

ワッツの前のポルノ映画館は僕が西荻に行くようになって
既に居酒屋とキャバレーが入っていました。
そこの居酒屋に猫が何匹もいて、注文した魚をあげたりしていました。

符号する部分が他にあり、「19歳の地図」ですね。
(浅川マキ「マイマン」の中の「グッドバイ」という曲が挿入曲、板橋文夫作曲)
20歳前後に住んでいた板橋のクソボロアパート(何と17000円)
あたりがあの映画のロケ場面だったはずで、近くにガスタンクがあったりしました。

カサブタだらけのマリア様のようなクソババアのセキや、三味線の音や、ヒトリゴトや、
クシャミ、近くのクソガキどもの小うるさい声、保育園の体操の音楽、
思い出すに、何もかんもシャクさわって、
夜中にジョギングしてそこらへんのヘイをキックしていたものです。

フツフツとそういうやるせない、内部のみで猛狂う自分を思い出すと、
懐かしいやら、悲しいやら、はずかしいやら、です。

そんな闇から、ギンギラの闇・新宿へ行き、DIG、木馬やらのジャズ喫茶へ通い、
そんなこんなで吉祥寺あたりへ越し、西荻あたりに住む、という経緯でありました。
(途中、東高円寺、東小金井、武蔵小金井、そういえば、中央線はいろいろ住んだのだった)

パンクは、80年代、結構キーワード、みたいですね。

季節の変わり目には、窓を開けて……

さて、本日、サッカーが終わると東京は夕暮れが雨上がりで、気分いい。
こういう時は、昔から、「灯ともし頃」であります。

憂鬱には憂鬱。気分は晴れ。

今日も雨。
とっくに廃盤になってしまった2枚組の「ブラックにグッドラック」を聴いています。

またふと思い出したのが新宿ピットインでのマキさんのライブ。
まだ紀伊国屋裏の頃です。
私よりもちょっと年上のアベックが、マキさんのでっかいポスターパネルを
ライブが終わった後、かっぱらっていったこと。
あれはB全ぐらいの大きさだったはず。
マキさんが立っていて傍らに猫がいある。
そいつをかっぱらっていった。

私と私の彼女は、それを見て、うらやましいなぁ、と正直思ったのです。
何せ、あんなデカいパネルを、電車に乗って持ち帰るなんて、そりゃあできない。
そういうことをやらかしたアベック。
新宿駅構内に入ったら、
そのアベックがでっかいパネルをよっしゃよっしゃと持ち運んでホームへ向かっていた。
悪さながら、その努力に敬服した。
いやはや、ともあれ、今聴いているこのアルバム、2枚目の音がいいね。


ふと思うんだが。
浅川マキの若い頃の動きと、UAって似ているような気がする。

大友裕子という歌手が、マキさんの初期世代にシンクロするようで、
先日、私ははじめてレコードを聴きました。

だが、浅川マキという歌手が、未だに現在進行形であることがスゴイことだ、
とまたしみじみ思うのでした。

マイマンは大好きなアルバムの一枚です。(すべてのコレクションの中で)
あの中の板橋文夫さんが作られたグッドバイという曲が好きで、はまってしまい、
ずっとそれが入ったレコードを探していますが、未だ見あたりません。
(「わたらせ」というアルバムです)

原曲の曲と聴き比べても、マキさんがこの曲惚れて歌にしたかった気持ちがよくわかります。



最近よく耳にするhouse musicなのだが、
浅川マキは、「Underground」で、すでにそのリズムを使っていた。

実は、house,trance等のリズムと阿部薫の音が深層の部分で符号する
ということを、
私は、知ってしまっている。



SAKATA<boxinglee>TOSHIHIDE
執筆開始:2002年3月07日〜半年ぐらいだった、かな。
また、続けて書くかどうかわからない。けど。
音楽を聴くということは、生きることだね。
だから、希望をこめて。またまた、グッドバイ。

以上、私boxingleeの個人サイトにアップした徒然の
続きがこのコミュニティーです。

トピックは、たった2つのみです。

●「今宵は浅川マキ、この一枚を聴く。」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=18482930&comm_id=2177939

●「はじめまして「私、というブラックホール」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=18547857&comm_id=2177939

どうぞよろしくお願いします。


【浅川マキ公式サイト】(EMI MUSIC JAPANによる)
http://www.toshiba-emi.co.jp/asakawa/main.htm

【boxinglee公式WEB-SITE版「浅川マキというブラックホール」】
http://homepage3.nifty.com/boxinglee/market/maki.htm

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開設日
2007年5月16日

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