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滝原宮

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詳細 2014年10月22日 21:08更新

滝原宮に行かれたことのある方、伝統と格式ある御宮がお好きの方、木々あふれる神々の森を散策されるのがお好きな方、ご参加下さいませ。



滝原宮という御宮は、皇大神宮(伊勢神宮)の別宮で、極めて格式は高く、三重県度会郡大宮町滝原に御鎮座されておられます。元々倭姫命が滝原の地に初めて天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)をお祭りになられたので、元伊勢とも言われ、第11代垂仁天皇の御世より現在に至ります。その歴史は2000年を超えるとも言われます。歴史書で確認できる限りでは、1400年前には確実に存在していたようです。

皇室とのえにし極めて深く、毎年、畏れ多くも天皇陛下の勅使(天皇陛下のお遣い人)が、ご参拝され奉幣なさいます。

老杉の立ち並ぶ美しき参道を歩くと、静寂神妙の時間が流れます。宮域は極めて広大で、447,893?あり、参道に沿って流れる清らかな頓登川が御手洗(みたらし)となっており、心を洗ってくれます。

ご祭神は皇大神宮(伊勢神宮)と同じく、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)でございます。



なお、以下は皇大神宮(伊勢神宮)の公式ホームページからの抜粋です。

一、宮名とご祭神
(1)滝原宮(たきはらのみや)
 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
(2)滝原竝宮(たきはらならびのみや)
 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
ご参拝は(1)・(2)と順にされるのが一般的です。

ニ、ご鎮座地
 滝原宮、滝原竝宮は、ともに皇大神宮(内宮)の別宮で、昔から「大神の遙宮(とおのみや)」といわれています。ご鎮座の地は、宮川をさかのぼること約40km、その支流大内山川が深い渓谷をなして流れる山間にあります。「滝原」という名は、大小たくさんの滝があるところから出た名です。そのむかし、西国三十三所の巡礼を志した人々が、まず伊勢の大神宮にお詣りしてから、熊野の第一番札所を目ざして歩みを運んだ熊野街道は、現在、国道42号線となり、当宮の前を通っています。ここから荷坂峠を越して黒潮洗う紀伊の海岸に出て、南紀への旅を快適にしています。
 当宮は、紀勢本線の滝原駅で下車し、およそ1.5km。また松阪駅から出発する南紀特急バスが約1時間で一の鳥居前を結びます。自家用車の場合大駐車場もあります。

三、ご鎮座の由来と沿革
 第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が、御杖代(みつえしろ=御使い)として天照坐皇大御神を奉戴して、宮川下流の磯宮(いそのみや)をお発ちになり、上流の方にご鎮座の地を求めてお進みになると、砂をも流す急流の瀬があり困っておられたので、真奈胡神(まなごのかみ)がお出迎えをしてお渡し申し上げた。そこで命はそのところに真奈胡神をまつる御瀬社(みせのやしろ)をお定めになったのが、今の皇大神宮摂社、多岐原(たきはら)神社です。滝原宮の下流約6km、大宮町三瀬川の宮川に臨む断崖の上に鎮座されています。近年までここに熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。
 倭姫命はさらに真奈胡神の案内でお進みになると、「大河の滝原の国」という美わしい土地があったので、この地に草木を刈り払って新宮を建てられたのが、滝原宮の起源です。そののち皇大御神のご神意によって、再び伊勢の方へ向われたので、滝原にご滞留の期間はさほど長くなかったと思われます。このご由緒によってご遷幸後もかわることなく、皇大御神を奉斎して今日に至っています。
 なお、両宮とも皇大御神の御魂を奉斎しているのは、皇大神宮に皇大御神を奉祀し、同別宮荒祭宮に皇大神宮の荒御魂を奉斎する姿の古い形と考えられます。

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2007年5月2日

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カテゴリ
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