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大阪砲兵工廠(大阪陸軍造兵廠)

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詳細 2016年8月23日 22:57更新

大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)は、大村益次郎の構想により作られた兵器工廠。明治3年(1870年)2月3日、幕府の長崎製鉄所の機械および技術者、職工を移設して兵部省直営の大阪造兵司が新設された。同年4月13日に青屋口門内中仕切元番所を仮庁として事務を開始した。

当初は、大阪城三の丸米倉跡(現:大阪城ホール、市民の森)であったが、昭和15年(1940年)に城東錬兵場(現:JR森ノ宮電車区、市交通局地下鉄車庫、森ノ宮団地、大阪ビジネスパーク)へ拡張。敗戦直前は土地596万m2、建物70万m2を有し、民間から土地220万m2、建物35万m2を借りていた。

昭和20年(1945年)8月14日にアメリカ軍による爆撃で全焼するまで存続した。その後も焼跡地は不発弾が多く危険だという理由で放置され、約20年間は更地のままとなっていた。生活に困った人々は残骸の鉄くずを奪い合い、これを追う警官との間に捕物合戦を繰り広げた、昭和30年代初まで新聞をにぎわせた。開高健が昭和34年(1959年)発表した小説『日本三文オペラ』は、当時アパッチ族と呼ばれたこの人々を描いたもので、有名になった。

現在、旧本館は昭和56年(1981年)5月2日に取り壊された、跡地に大阪城ホールが建てられている。現存している部分には、表門、守衛詰め所、旧化学分析場建屋がある。

参考文献
 * 三宅宏司『大阪砲兵工廠の研究』(思文閣出版、1993年) ISBN 4784207767
 * 大阪砲兵工廠慰霊祭世話人会 編『大阪砲兵工廠の八月十四日 歴史と大空襲』(東方出版、1997年) ISBN 4885915368
 * 河村直哉『地中の廃墟から 「大阪砲兵工廠」に見る日本人の20世紀』(作品社、1999年) ISBN 4878933100
 * 安保彰夫「機密のなかの鉄道 大阪砲兵工廠とボールドウィン機のものがたり」
 * 交友社『鉄道ファン』2000年9月号 No.473 p136〜p145
 * 国本康文「日本陸軍の火力を生み出したテクノポリス 大阪砲兵工廠」
 * 学習研究社『歴史群像』2003年8月号 No.60 p2〜p9

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