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松本英彦さんを偲ぶ

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コミュ内全体

詳細 2015年6月28日 23:50更新

 参加者の自己紹介のページ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=17182086&comm_id=2038823
参加された方は是非メッセージをお願いいたします。

 私は松本英彦さんの単なるファンの一人だった訳ですが、日本を代表するTsの名手の松本英彦さんを偲ぶ為のコミニュティを開設しました。(1926年生まれ。もし生存されていれば、2007年で81歳)松本英彦さんが多摩市の住民でかつ奥様の佳子さんと平成15年から親しくさせて頂いている事も、開設した理由の一つです。
管楽器奏者にとって影響が大きいと思われる食道癌や肺の手術を受けながらも、一旦はお元気になられて演奏活動に戻られていました。しかしながら、惜しくも2000年2月29日に地元多摩市内の病院で亡くなられました。入院中の詳しい話については、奥様の松本佳子さんが本を出されています。
(「英彦、パパ愛してる」NHK出版 1260円)
 ご本人の意思をついで、奥様の松本佳子さんが2003年6月から毎月の様に多摩センターで松本英彦メモリアルコンサートを開催されていて私はこの4年間ほとんど無欠席で聞かせて頂き、松本佳子さんとも親しくさせて頂いております。(このコンサートは原則無料です。松本佳子:現役のジャズボーカリストです。およそ30年前に松本英彦さんと御結婚後、ジャズボーカルに転向されました。声は今でもお年を感じさせない程、若々しいです。)
 私が松本英彦さんの演奏を初めて聴いたのは、昭和30年代のNHK-TVの歌謡番組だったと思います。(当時は白黒テレビ)ザ・ピーナッツ、雪村いづみ、金井克子や江利ちえみ他と共演。昭和50年代からは、毎年の様にビッグバンドは勿論、クラシックのオーケストラとも共演されていました。平成の初めには、NHK-TVのザッツ・ミュージック(ジェームス・三木等が司会)にレギュラーで出演。またFMのセッション505などにも、数え切れない程出演されています。
「主な略歴」
1926年10月12日 岡山県に生まれる。
1938年広島県立府中中学校(現・府中高校)に入学。
当時としては大変めずらしいブラスバント部に籍を置き、これが音楽一筋の長い歴史の始まりとなる。
1949年日本初のバップバンドである「CBナイン」[松本英彦(テナーサックス)、海老原啓一郎(アルトサックス)他]に参加。横浜の米軍軍人クラブに2年8ヶ月出演するほか、NCOクラブ「クロス・ロード」「ニューヨーカー」「ゴールデン・ドラゴン」「ザンジバル」に出演。当時駐留軍(米軍)のキャンプを毎晩の様に廻り、チップの100円札でポケットがいっぱいになったそうです。(当時のサラリーマンの初任給を一晩で上回り、現在の同業の方と比較すると大変恵まれていた様です。)
1953年当時新進気鋭の人気プレイヤー、松本英彦(テナーサックス)、ジョージ川口(ドラムス)、中村八大(ピアノ)、小野満 (ベース)で「ビック・フォー」を結成。戦後の第一次ジャズブームを巻き起こす。かっての数寄屋橋の日劇の廻りには、彼らの演奏を聞こうと2重、3重の長い列ができた。
1963年アメリカ西海岸の「モンタレー・ジャズ・フェスティバル」に日本人初の単身出演招待。プロペラ機で海を渡る。この年、ニューヨークでジョン・コルトレーンに出会い、ジャズの真髄に触れる。コルトレーンとの出会いで感銘を受け、個性溢れる松本英彦カルテット[松本英彦(テナーサックス)、菅野邦彦(ピアノ)、鈴木勲(ベース)、ジョージ大塚(ドラムス)]を結成。世界ジャズ祭でマイルス・デイビスと競演。
1975年2月18日シンガーであった佳子夫人と結婚。しかし挙式前に夫人は足をねんざし、車椅子での挙式となった。披露パーティ会場には、渡邊貞夫他錚々たるメンバーが集まり、明け方まで盛り上がる。
1977年自ら主宰するラブリー・ジャズ・ミュージックスクールを開設。(聖蹟桜ヶ丘の丘の上の3階建ての黄色い建物)ここで松本英彦さんに師事したり後進に教えられた事がある、現役プロのミュージッシャンの方が結構多い様です。
1982年文化交流の親善大使としてソ連を訪れ、モスクワを初め各地で28回公演を実施。すべての会場が超満員という大歓迎を受ける。全曲フュージョンのオリジナルによる「リオ・マンハッタン」(キングレコード)をニューヨークでレコーディング。
1988年「音楽生活40周年記念リサイタル」で、芸術選奨文部大臣賞を受賞。この頃だったと思いますが、私が松本さんのお宅にコンサートの入場券を買いに行き、OFFで自宅におられた松本英彦さんに初めてお会いして話をさせて頂きました。玄関先での立ち話ですが、初めてジョン・コルトレーンに会った時の話等を伺いました。松本英彦さんのライブ演奏を最後に聴いたのは、10年位前(1997-8年?)の横浜ジャズプロムナードでした。(開港記念会館ホール)
1998年入院中に朝日勲四等を叙勲される。
2000年2月29日没(京都のお墓(大徳寺)に眠られています。)
2003年6月より毎月第一土曜日にふれあいコンサート(松本英彦メモリアル)を、多摩センター三越内の新都市センターホールで開催中。(原則無料)今年の7月から、7年目に入ります。またこれ以外に5月、8月、11月、12月には、三越前の屋外(無料)やパルテノン多摩小ホールでスペシャルコンサートを開催中。いずれも日本のトップレベルの出演者の方ばかりで、素晴らしいです。
松本英彦さんのホームページ(下記)
http://www.sleepy-matsumoto.jp/
注:ブログ以外はこの1年間、情報が更新されていません。

 ファンだった方、共演された方、師事された方など、何らかの思い出や関係がある方の、コメントを歓迎いたします。

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開設日
2007年4月9日

3576日間運営

カテゴリ
音楽