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二代目中村源左衛門

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詳細 2010年5月25日 02:43更新

中村勘三郎一門で、名脇役として活躍した方です。先代勘三郎の古いお弟子で四郎五郎、小山三などと共に現勘三郎を助けてこられた方です。助五郎。屋号中村屋。師匠は十七代目中村勘三郎。
更新中。

写真:源左衛門さんは生涯脇役であったので、中村屋の本丸の中村勘三郎はん。
..........
【関連テレビ番組】
金曜プレステージ フジテレビ
『涙の口上・中村勘三郎襲名スペシャル』
以下転載。
2005年3月、十八代目・中村勘三郎、世紀の大襲名。大きな物語が大団円を迎えたかに思えたが、しかしそれは新たな戦いの幕開けだった。あまりにも大きな「勘三郎」の名前を自分のものとするため、2年間にわたる襲名興行が始まったのである。70万人を動員し、全国各地で感動の渦を巻き起こしたそれは日本の演劇史に刻まれる破格の公演だった。だがその華やかな舞台の裏側では、実にさまざまな出来事があった。この番組では、そんな波乱万丈な日々を家族の絆で乗り越えてきた中村勘三郎の2年間に密着した。

【試練。ある歌舞伎俳優の死】
 地方巡業が半ばを過ぎたころ、先代から52年にわたり中村屋に仕えてきた中村源左衛門が癌で余命数ヵ月を宣告された。勘三郎と一緒に助五郎という名から襲名したばかりだった源左衛門は、ここで舞台を降りるということは考えられなかったが、体はいうことをきかない。三重県津市での公演での口上を、命を削って成し遂げる姿を、源左衛門の妻が静かに見守った。そして芝居に生きた人生に幕が下り…。中村屋にとって、家族同然の存在だった源左衛門の死は、勘三郎親子にとって大きな喪失だった。襲名公演の最後の舞台、京都南座に立つことだけを願い続けていた源左衛門の思いを心に秘め、中村屋全員が本番に向かう。そして千秋楽の口上で、ある感動的な出来事が…。

【二代目中村源左衛門について】
昭和9年生まれ。十七代目中村勘三郎に師事し30年3月明治座で中村仲助を名のり『檻』の酔っぱらいで初舞台。39年7月歌舞伎座『偲草姿錦絵』『女暫』の成田五郎で五代目中村山左衛門を襲名し名題昇進。51年4月歌舞伎座で四代目中村助五郎を襲名。平成17年3月歌舞伎座『一條大蔵譚』の八剣勘解由で二代目中村源左衞門を襲名。

国立劇場奨励賞2回、特別賞2回。昭和63年、平成2年関西で歌舞伎を育てる会賞奨励賞。第八回眞山青果賞技能賞および奨励賞。7年歌舞伎座賞。10年第四回日本俳優協会賞。

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2007年3月9日

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カテゴリ
アート
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