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あしたのジョーが好きっ!

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コミュ内全体

詳細 2017年9月2日 05:37更新

≪書籍情報≫

原作:高森朝雄 作画:ちばてつや
出版社:講談社
版型:完全復刻版
カテゴリー:復刻版コミックス
連載雑誌:週刊少年マガジン


≪参考情報≫
参考情報はWikipediaより抜粋したものです。(詳細は下記のとおり。)
ご購入の際はお客様ご自身の最終判断でご利用ください。

あしたのジョー2
1980年10月13日〜1981年8月31日、毎週月曜日19時〜19時30分、日本テレビ系放映(全47話)

http://zenkandokuha.com/?pid=2228729

【概要】
講談社の週刊少年マガジンに、1968年1月1日号(発売日は1967年12月15日)から1973年5月13日号にかけて連載された。

『巨人の星』と並んで、梶原一騎のスポ根劇画の最高傑作として評価されており、現在においても日本漫画を代表する作品の一つである。連載中の社会的反響は凄まじく、ジョーのライバルである力石徹が死んだ時には寺山修司によって実際に葬儀が行われ、よど号ハイジャック事件では、ハイジャック犯が「われわれは明日のジョーである」(原文ママ)と声明を残したことでも知られる。

【ストーリー】
東京のとあるドヤ街に、ふらりと一人の少年が現われた。矢吹丈(ジョー)と名乗るその少年に一方的に叩きのめされたアル中の元ボクサー・丹下段平は、その動きから天性のボクシングセンスを見出し、一流のボクサーに仕立て上げんと奮闘する。しかしジョーは、ドヤ街の子供たちを引き連れて乱行を繰り広げた挙句、自分に向けられる段平の情熱を利用して犯罪に手を染め、少年院へと送られてしまった。

ある日、少年院のジョー宛てに、「あしたのために」の書き出しで始まる段平からの葉書が届く。その内容は、左ジャブの打ち方から始まるボクシング技術の講義であった。時間と体力を持て余していたジョーは、そのアドバイスに従ってボクシングの練習に身を入れるようになり、やがて自分のパンチの切れが、今までと比べ物にならないほど向上してゆくのを実感する。そして終生のライバル・力石徹との宿命の出会いを経て、ジョーは本格的にボクシングの道へと足を踏み入れることとなった。

TVアニメ
あしたのジョー
1970年4月1日〜1971年9月29日、毎週水曜19時〜19時30分、フジテレビ系放映(全79話)

あしたのジョー2
1980年10月13日〜1981年8月31日、毎週月曜日19時〜19時30分、日本テレビ系放映(全47話)

前作の続編だが、ストーリーは力石との対戦後から始まり(下記の再編集劇場版の続きという位置づけのため)、カーロス戦までは事実上のリメイクとなっている。ただし、旧作や原作にあった、矢吹丈がドサ回りのボクサーになり、そこから這い上がるストーリーは省略されている。又、原作に無いオリジナルストーリーやオリジナルキャラクターも登場させている。ちなみに全話にわたって絵コンテを担当しているさきまくらは出崎統その人である。

【劇場版アニメ】
あしたのジョー
1980年3月8日公開
あしたのジョー2
1981年7月18日公開

【実写映画】
あしたのジョー
1970年7月22日公開

【舞台】
1971年6月3日〜26日、東横ホール上演

【エピソード】
漫画
本作において、梶原一騎は「高森朝雄」とペンネームを変えて原作を手がけている。これは、梶原一騎の名前を用いると「巨人の星のような『熱血』スポ根もの作品である」という先入観を持たれかねない、と危惧したためであるという。ちなみに高森朝雄というペンネームは、梶原の本名・高森朝樹に由来している。
当時の梶原は、原作の改変を激しく嫌うことで有名だった。それを知ってか知らずか、ちばてつやは本作の作画を引き受けるにあたり、「時と場合に応じて、こちらの方で原作に手を加えさせてくれ」と注文をつけた。担当編集者がおそるおそる梶原にその旨を伝えたところ、「手塚治虫とちばてつやは別格だ、いいでしょう」と快諾した。だが連載第一回目、ちばはいきなり「話の導入部がわかりづらい」と梶原の用意した原稿を丸々ボツにし、自ら新たに第一話のストーリーを作り上げた。「好きに手を加えてくれ」と言った梶原もさすがにこれには激怒し、連載を止めるとまで言い出して大騒ぎになった(これについては編集者が梶原を説得し、最終的には事なきを得ている)。
本作で最も有名な力石徹の減量エピソードは、ちばと梶原の設定確認の行き違いによって生まれたものである。ジョーと力石の初対面シーン、渡された原稿の一文を自分なりに解釈したちばは、力石をジョーより頭一つ分大きな体格に描いてしまった。発行された誌面を見てそれを知った梶原は、後に話の辻褄を合わせるため、力石に過度の減量を強いたのである。
ジョーと力石の出会いのシーンは、ジョーが豚の大群に乗って少年院を脱走しようとしたところに力石が立ちはだかり、暴走する豚を片っ端から殴り倒してジョーの脱走を阻止するというものだった。しかし、実際の豚は人間のパンチ程度ではビクともしないほど頑丈であり、空手家の石井和義が若かりし頃、修行と称してバイト先の養豚場の豚に挑んだが、正拳突きを何発も頭部に直撃させたにも関わらず、豚は平然と餌を食べ続けていたという。
連載当時、力石が試合中に死亡したのを受け、寺山修司の呼びかけで力石の葬儀が行われた。当時のこの作品に対する注目度がいかに高かったかを示すエピソードだが、葬儀自体はアニメ版の主題歌を歌っていた尾藤イサオがライブ形式で歌いだす等、プロモーション的な要素が強かったようである。
ボクサーとしての力石は、ファイティング原田をモデルにして作られた。原田と同じくバンタム級のボクサーであり、また過度の減量に苦しんだ点などからそれが窺える(力石だけでなく、後に成長し身長が伸びたジョーも、減量の必要に迫られていた)。
梶原が最初に作った本作の最終回は、「ホセ・メンドーサに判定で敗れたジョーに、段平が『お前は試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ』と労いの言葉をかける。ラストシーン、白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿」というものだった。だが、その原稿を手渡されたちばは、「今まで死ぬ思いでボクシングをやってきたのに、最後の最後で『ケンカに勝った』はないだろう!」と猛反発し、「結末は自分が作る!」と梶原にねじ込んだ。連載を何本も抱えて多忙なスケジュールに追われ、ジョーの原作すら滞りがちだった(実際、連載後期はほとんどちばがストーリーを考えていたという)梶原は、あっさりとこれを承諾。
「真っ白に燃え尽きた」ラストシーンは、以上のような事情によりちばが独自に創作したもの。ラストをどうすべきか考えていた際、「あしたのジョー」を最初から読み返していた当時の担当編集者が、ジョーが紀子に「(ボクシングを終えた後は)真っ白な灰になる」と語るシーン(橋の上でボクシングについて語り、紀子に「ついていけない」と事実上見捨てられる所)を見つけ、これをラストとして採用した。
連載終了後しばらく、ちばはジョーの絵が全く描けなくなったという。また後年、「今でもたまにジョーや力石のイラストを描くが、あの頃の迫力には全く及ばない」とも語っており、当時のちばがいかにジョーの連載に心血を注いでいたかが窺える。
本作のヒットにより、国内のボクシング人気は爆発的に高まった。だが「過度の減量は当たり前、むしろ美徳ですらある」という歪んだ風潮がボクシング界に浸透してしまったという負の面も、少なからずある。
『トリビアの泉』で「力石徹は作者の辻褄合わせで死んだ」というトリビアが紹介され、ちばてつやがコメントをしている。その後、ちばてつや本人はジョーが燃え尽きるラストに関して「タイトルに「明日」と着くくらいだからジョーは死んではおらず、明日も歩き出していると思う」というような発言をしている。漫画評論家の夏目房之介も、ジョーの身体が次のページ方向を向いており、リングの線も同じように途切れずに向かっていることから明日があることを意味していると解説している。
また、純粋に「ボクシング漫画」として見た場合、とてもリアリティのある作品とは言えない面も多々あった。劇中でジョーが得意としていたクロスカウンターは、相手のパンチを食らいつつそれ以上の打撃を与える「肉を斬らせて骨を断つ」技であったが、実際のクロスカウンターは、相手の攻撃をスリッピング等でかわしつつ同時に攻撃を加える、いわば「攻防一致」の高等技術である。また、「カウンターパンチは通常のパンチの2倍の威力を誇る」という理論は必ずしも間違っていないのだが、クロスカウンターは4倍の、クロスカウンターをクロスカウンターで返したダブルクロスは8倍の、それを更にクロスカウンターで返したトリプルクロスは12倍の破壊力を持つという部分は完全に梶原の創作であり、何の根拠もない。他にも、ハリマオの空中回転パンチ(物理的に不可能な動きをする)や、ホセ・メンドーサのコークスクリューブロー(実在する技術ではあるが、対戦相手を一撃で廃人に追い込むほど大ダメージを与えるものではない)など、荒唐無稽な描写は枚挙に暇がない。
→「クロスカウンター」と「空中回転パンチ」については柳田理科雄が『空想科学漫画読本』のシリーズで検証しており、「クロスカウンター」については作品の設定した倍数になるように話を持ってきているものの、「空中回転パンチ」についてはさすがに作品どおりにはならないと結論づけている。豊福きこうは『水原勇気0勝3敗11S』(辰巳出版)でジョーと力石の体格の違いから「普通では腕の長さが違いすぎてクロスカウンターは成立しにくい」と述べ、「ジョーは普通の人と違い、胴体との比率で腕が異様に長かったのではないか」と分析。実際の絵では、力石のパンチがジョーの顔に当たったあとにジョーのパンチが力石に顔に命中しており、その時点では力石の手首あたりにジョーの顔がある。

アニメ
TVアニメ版のオープニングテーマの「ルルル〜ルルルル〜」の部分は、元々、レコーディング中に歌詞を忘れてしまった尾藤イサオが、それを誤魔化すために咄嗟に口ずさんだものであった。が、それを聞いた寺山修司が「こっちのほうが良いよ」と気に入り、正式に採用されることとなった。
TVアニメ版『あしたのジョー』の予告編は、本編と関係ない所で独自に制作されていた。そのため、本編の内容と異なる部分がかなりある。
TVアニメ版『あしたのジョー』『あしたのジョー2』は、韓国でも放映された。その際、ジョーを初めとする日本人の登場人物は皆韓国人という設定になり、原作で韓国人だった金竜飛や玄曹達はベトナム人に、金竜飛の朝鮮戦争に関するエピソードはベトナム戦争下のものに変えられていた。
TVアニメ版『あしたのジョー2』で力石戦のトラウマにより矢吹がリング上で嘔吐するシーンは光るゲロとして話題になった。
1994年、ニッセイがテレビコマーシャルに『あしたのジョー』を起用したが、「ジョーや力石が生命保険になんか入るはずがない」というクレームが殺到し、CMは短期間で打ち切られた。
海外放送が行われていた為シルベスター・スタローンがロッキー (映画)の参考にしたのではともいわれている。ちなみに映画制作は1976年である。

その他
元プロボクシング世界王者・辰吉丈一郎の名前は、元ボクサーの父が、矢吹丈に因んで命名したものである。奇しくも辰吉もまた、ジョーと同じくバンタム級を代表する名選手であった。
タイトーの発売したアーケードゲーム『あしたのジョー』、SNKの発売したネオジオ用ゲーム『あしたのジョー伝説』は、ともにWAVE社の開発した作品である。両方ともホセ・メンドーサを倒すとエンディングを迎えるが、タイトー版は白木葉子との結婚式、SNK版は夕陽をバックにしたジョーのランニングシーンという、原作とは完全に異なる結末となっている。


(「あしたのジョー」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 2006年10月13日18時(日本時間)での最新版を取得。改訂履歴。Text is available under GNU Free Documentation License.)


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