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小野寺誠

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詳細 2016年8月20日 20:44更新

70年代から80年代にかけて、フィンランドに居住し、フィンランド関係の本を多数執筆した、小野寺誠さんのファンのコミュニティです。

★小野寺さんのプロフィール。(管理人作成のはてなキーワードより)
写真家、ノンフィクション作家、詩人。1939年3月7日東京生まれ。
中学時代の同級生に、のちの作曲家・八村義夫がおり、彼にヴァイオリン演奏を習う。
また、青春期にはジャズ喫茶通い、詩作、カーレースなどに熱中。
1963年に中央大学文学部国文科卒業。
カメラマンとしてオートスライド社に入社。1970年退社。

1967年〜75年、断続的に、ラップランドのラップ人社会を尋ねる。
1970年3月、フィンランド中部の町、ニーサルミの女性・アヌヤと結婚。新婦と共にストックホルムへ移住。だが、労働許可も滞在許可もない過酷な環境であり、翌1971年の春にはフィンランドの義父の家に戻り、同居する。
同1971年、ニーサルミに初めて開設されたディスコのドアマン役に雇用されるが、数ヶ月でディスコは営業停止となり、肉体労働者に戻る。
1972年5月、長女アンネッテが誕生。
だが、安定した仕事をフィンランドで見つけられず、翌1973年春、家族で東京へ移住。だが、妻アヌヤは東京に適応できず、毎夏、飛行機でフィンランドに戻るという、生活となる。
1975年、ラップランドをテーマに、スイス・第1回トリエンナーレ国際写真展で第1位受賞。
1977年、東京での息子アンリの誕生を機に、再度、一家でフィンランドに戻り、以降、小野寺は日本とフィンランドとの往復生活をし、主に日本で生活費を得る、というスタイルとする。
1977〜1980年、フィンランド中部でジプシー民族の社会に滞在する。
1978年、義祖父エイナリが死去し、その老朽化した家を自分たちの家として譲り受ける。その改築費用を稼ぐため、ますます日本での滞在期間が長くなる。
1980年、東京ニコンサロンにて「フィンランド・ジプシー写真展」を催す。
1981〜1985年、ペリマンニという、ヴァイオリン等の楽器を用いるが、クラシックではなく、素朴な民族音楽を弾くグループに参加する。
だが、日本とフィンランドを往復する生活の無理の結果、1986年、フィンランド人の妻と離婚する。

以降は、フィンランド以外の、世界の他の辺境を訪ねる、写真家兼ライターとなる。1996年ガンジス河デルタ地帯、1997年タール砂漠を撮影旅行する。

また、2006年には約20年ぶりにフィンランドを訪れた。
現在も、バックパッカーとして、世界の辺境を放浪中。

★著書
詩集「未来に唇をあてた時」
詩集「ポエム S65」
「求む天国 ストックホルムの日本人」(浪漫 73年刊)
「極北の青い闇から ラップ人と暮らした記録」(日本放送出版協会 77年)
「ジプシー生活誌」(日本放送出版協会・NHKブックス 81年刊)
「イサ・パッパと2匹の小悪魔」(文化出版局 82年刊)
「白夜の国のヴァイオリン弾き」(新潮社 86年刊)
:1987年 第33回青少年読書感想文全国コンクール 高等学校部門課題図書
 →(講談社文庫 94年刊)
「あの夏フィンランドで」(日本放送出版協会 87年刊)
「辺境へ、世界の果てへ」(青弓社 99年刊)

★共著
「写真集 秘境興安嶺をゆく」(日本放送出版協会 88年刊)
「写真家はインドをめざす」(青弓社 97年刊)
「インド・ネパール・スリランカの本」(近畿日本ツーリスト 97年刊)

小野寺さんの著書の感想、及び、フィンランドでの生活については、以下のメルマガの、真ん中あたりにある、管理人記述の「白夜の国でアイを叫んだ日本人」も、できれば、ご参照ください。
http://blog.mag2.com/m/log/0000036518/108140277.html?page=3

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2007年2月18日

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カテゴリ
本、マンガ
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