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シティ・ライツ・ブックス

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コミュ内全体

詳細 2015年2月6日 08:23更新

ローレンス・ファリンゲティ/シティ・ライツ・ブックスのコミュ設けました。

よろしくお願いします。


「一つの書店がサンフランシスコ・ルネサンスにとても大きな意味を持った。ちょうど、パリのシェークスピア・アンド・カンパニー書店が1920年代のロスト・ジェネレーションを育てたように、ビート・ジェネレーションを育てたのである」(※1)。書店でありイベントスペースであり、かつ出版社でもあった、まさにビート・ジェネレーションの中心地。それこそが「シティ・ライツ・ブックス」であり、ローレンス・ファリンゲティはその主宰者であった。

 ファリンゲティは1919年3月24日、ニューヨーク州ヨンカーズに生まれたとされている。ノース・カロライナ大学を卒業、大戦中は海軍に入る。除隊後「タイム」誌に勤めたが、コロンビア大学に再入学し修士号、1951年にはソルボンヌ大学にて博士号を取得。しかしアカデミズムの世界とは距離を置き、ニューヨークで出会ったギンズバーグやケルアックらと親交を深める。のちにサンフランシスコに移り、ケネス・レクスロスを中心とする詩の運動に加わる。そして1952年、一緒に『シティ・ライツ』という雑誌を出していたピーター・マーティンと共に、雑誌の費用を稼ぐため、アメリカで初めてのペーパーバック専門店として「シティ・ライツ・ブックス」をスタート。雑誌『シティ・ライツ』はすぐにつぶれ、マーチンはまもなくニューヨークに移り書店をはじめる。そして1955年、ファリンゲティは出版もスタート。「ポケット・ポエツ」という詩のシリーズをはじめ、1956年には、前年の秋からセンセーションを巻き起こしていたギンズバーグの『吠える』を出版。その内容がわいせつであるとして、ファリンゲティは逮捕。作家たちの猛烈な抗議によって、最終的に無罪になったこの事件が、結果としてシティ・ライツと、その詩の運動(サンフランシスコ・ポエトリー・ルネサンス)を有名にしたのである。

 この事件に限らず、ビート・ジェネレーションがこれほど社会的に知られ、多くのマスコミに取り上げられたのが、ファリンゲティのパブリシティの才覚によることは、誰もが認める事実である。出版にあたっては必ず権威のある作家に献本し、イベントも勢力的に行った。また、出版していた雑誌『エヴァーグリーン・レビュー』も、さながらビート詩人とその周辺の作家たちのための文芸総合誌、という趣で編集された。自らも詩人であるファリンゲティは、詩人として認知されるまでの間、広告業界やジャーナリズムで仕事をしていた経験を生かして、仲間たちを積極的に売り込んだのである。

 雑誌『エヴァーグリーン・レビュー』は残念ながらなくなってしまったが(ウェブ上の試みとして続けられている ※2)、「シティ・ライツ・ブックス」は、今もなおサンフランシスコで営業を続けている。いま、日本の洋書取次からギンズバーグの『吠える』の英語版を注文しても、きちんと「シティ・ライツ・ブックス」の文字とロゴマークが入った、「ポケット・ポエツ」シリーズの一冊が届く。ファリンゲティは、ビートを「育てる」のに尽力したというだけではなく、現在そして未来へとその精神を「受け継ぐ」ために、ゆるぎない基盤を作った功労者なのである。

※1 海野弘『めまいの街 サンフランシスコ60年代』(グリーンアロー出版社)

※2 http://www.evergreenreview.com/


文・内沼晋太郎





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開設日
2007年2月12日

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カテゴリ
本、マンガ
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