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盧廷潤

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詳細 2012年9月16日 20:35更新

元韓国代表のドリブラー
盧廷潤(ノ・ジョンユン、노정윤、1971年3月28日 - )は、元韓国代表サッカー選手。仁川広域市出身。日本語の達者な選手として有名。サンフレッチェ広島在籍時はノ・ジュンユンの読みで登録されていた。

地元の富平高校から高麗大学校へ進学し、大学在籍時の1990年には韓国代表入りする。卒業後、1992年度行われたKリーグのドラフト(2003年に廃止)で油公(現:富川SK)に指名されたが、以前からスカウトがあったJリーグのサンフレッチェ広島に入団。韓国内でも将来の中心選手として人気が高かったため、Jリーグ入りは韓国国民から強い非難を受けた。しかしJリーグ開幕時から不動のレギュラーの座をつかみ、1994年のサントリーシリーズ(第一ステージ)優勝に貢献。なお、本人はワールドカップアメリカ大会出場のため、チームが優勝を決めた同年6月11日のジュビロ磐田戦を含め、第一ステージ終盤の5試合はチームを離れた。右サイドからの高速ドリブルに迫力があった。同じ年にはFIFAワールドカップアメリカ大会への出場を果たす(1998年のフランス大会にも1試合ながらも出場)。

1997年にオランダのNACブレダへ移籍した後、1999年のファーストステージからセレッソ大阪に加入。2000年ファーストステージの躍進に貢献したものの、翌年のシーズン途中、チームの不振に伴い金都根と共に契約解除。蔚山現代に加入する一歩手前まで来たが、当時のKリーグの規定(ドラフトから入団しない選手はリーグでプレーする資格を失う)に抵触するため断念。アビスパ福岡へ入団したものの、この年アビスパは年間順位で15位となり、J2リーグへ降格してしまう。2002年もアビスパ福岡に所属するが、J1昇格を果せずシーズン終了後に退団。

Kリーグの規定が解除された2003年に釜山アイコンズ(現:釜山アイパーク)に入団し、翌年のFAカップ優勝に貢献。2005年からは以前に入団しかけた蔚山現代でプレーしている。

グランドでは闘志を表に出す激しいプレーで知られたが、プライベートでは努力して日本語を習得し、明るい性格でチームにもファンにも「ノーさん」と慕われた。サンフレチェ在籍時には、右サイドDFでムードメーカーの森山佳郎と名コンビであったが、試合中に森山からのパスが失敗すれば真剣に怒るなど、当時プロ化して間もないJリーグにおいて、既にプロ意識の高い選手であった。余談だが、地元中国放送の横山アナウンサーは、盧選手のドリブルを「ブルドーザードリブル」と表現した。 ワールドカップではあまり活躍出来なかったが、Jリーグでは大活躍して後進に道を拓いた。

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