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玉屋庄兵衛―からくり人形

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詳細 2016年2月28日 07:53更新

からくり人形師玉屋庄兵衛さんと、カラクリ人形好きのコミュニティ。



からくり人形の歴史 からくり人形の起源は、中国伝来と考えられています。


最古のからくり人形に関する記事は、平安時代の今昔物語集にでている、高陽親王(かやのみこ)の 作った機械人形の話しです。 これは、水田の日照り対策として灌漑用のからくり人形だったそうです。
仕掛けは、水田の中に立っている人形に器を持たせ、器に水を満たしてやると人形が自動的に自分の顔へ水をかけるというものでした。
伝え聞いた人達が田圃へ押し掛け、我も我もと水を器に入れる為、水田の水枯れを防ぐことができたそうです。

その後、からくりの世界を大きく発展させたのが、江戸時代・寛文二年(1662年)に「竹田近江(たけだおうみ)」が大坂道頓堀で旗揚げ興行した、からくり人形芝居「竹田からくり」と言われています。
からくりには、「山車からくり」と「座敷からくり」があります。 「山車」は祭礼の際、神が出現する機微を示す象徴です。
「からくり人形」は神の具象的な物体として「山車」の上山(うわやま)に設置されています。 山車からくりは、愛知県、岐阜県、群馬県、滋賀県、京都府、福岡県などに見られます。 この中でも、愛知県(旧尾張藩)には約240台の山車に600体を超えるからくり人形が乗っています。 山車からくりには、「糸からくり」と「離れからくり」の2種類があります。

糸からくりの体内に仕組まれた糸を操作し人形を操り、「離れからくり」 はゼンマイ、バネ、歯車を差し金などを操作し人形を操ります。
安土・桃山時代に公家や大名が楽しんでいた大名道具と呼ばれる高級玩具「御所人形」などが、発展して座敷からくりと呼ばれるようになりました。 初期の作品の「御所人形」は、テコ・バネ・滑車など簡単な部品を装置しています。 座敷からくりの代表的な作品は「茶運人形」です。 井原西鶴が延宝二年(1674年)に出した「独吟百韻」(どくぎんひゃくいん)の中で、 「茶をはこぶ人形の車はたらきて」という句を載せています。 そして、その注釈の中で「ゼンマイの車細工(くるまざいく)にして、茶台をもたせて、おもうかたへさし向えしに、眼口のうごき、足取りのはたらき、手をのべて腰をかがむ、さながら人間のごとし」と感嘆しています。

茶運人形の設計図と製作方法が、細川半蔵頼直が記した「機構図彙(からくりずい)」(寛政八年・1796年)の中にあります。 これは、江戸時代の機械説明書でした。 しかしながら、説明書はあっても本物の「茶運人形」は存在しませんでした。

この「機構図彙」をお手本に、幻の人形とされていた「茶運人形」を完全復元したのが、七代玉屋庄兵衛(故・高科正守氏)でした。 彼は、大平洋戦争の混乱期をはさんで江戸時代から受け継いできた伝統技術を守り続けてきました。


名古屋在住で、現在九代目の玉屋庄兵衛さんは、
日本唯一の尾陽木偶師(からくり人形を作る人)で、
カラクリ人形の制作から復元、修復などをしています。
有名な茶運び人形は、七代目が江戸時代に書かれた
「機巧図彙」を元に復元し、九代目も制作しています。

http://www1.cjn-online.com/karakuri/

からくりペーパークラフト
http://www.zuko.to/kobo/works-f/c1-f/c1-set.html
からくり儀右衛門(からくり ぎえもん)田中久重 山車

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2005年5月9日

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カテゴリ
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