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マルセルブロイヤー

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詳細 2017年3月27日 13:06更新

マルセル ブロイヤー (Marcel Breuer)
後のデザイン史に大きな影響を与えた20世紀初頭のバウハウス運動。その活動において最も有名な家具デザイナーがマルセル・ブロイヤーです。機能主義と芸術を融合させた彼の家具には、50年以上経った今も古びないモダンなセンスが光っています。今回は、最近復刻されたプライウッドを使った家具を中心に、彼の人生に迫ってみます。


■バウハウス運動とブロイヤー
20世紀初めのドイツでは、後のデザイン史を大きく変える動きがありました。その中心となったのがバウハウスという学校です。バウハウスは、それまでまったく別モノと考えられていたアート(芸術)とテクニック(技術)を融合させ、新しい時代のライフスタイルのアイデアをいくつも具現化しました。バウハウスは多くの著名な作家を輩出しましたが、なかでも建築家・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、絵画のカンディンスキーやパウル・クレーが有名です。そして、バウハウスの代表的な家具デザイナーと言えば、世界で初めてスチールパイプの椅子を作ったマルセル・ブロイヤーが一番にあげられます。1902年ハンガリーのペックスで生まれたブロイヤーはウィーンで美術を学びますが、そこでの保守的な教育に嫌気がさし、ワイマールに移ってバウハウスの第一期生になります。そこで、初代校長のドイツ人建築家・グロピウスに家具デザインの才能を見出されたことがきっかけで、家具デザイナーの道を歩みはじめました。

■成型合板家具に取り組んだロンドン時代
バウハウスでのブロイヤーは22歳で家具デザイン部門のマイスターとなり、ワシリーチェアや、チェスカという家具デザインの歴史に名を残す椅子をデザインしました。しかし、1933年にナチスによってバウハウスが閉鎖に追い込まれると、ブロイヤーは師のグロピウスとともにロンドンに渡ることになります。そこで、グロピウスとブロイヤーはバウハウス運動を信奉していた企業家ジャック・プリチャードと出会います。ジャックは自身が経営するイソコン社にグロピウスをデザイン・ディレクターとして迎え、ブロイヤーも同社の家具デザインに参加する機会を得ます。ロンドン滞在中の2年は、ブロイヤーは主に成型合板による革新的な家具デザインに取り組みました。この時代のブロイヤーの家具は、最近流行のプライウッド(合板)の素材を使った、滑らかな曲線を持つモダンなデザインであるのが特徴です。その後、アメリカに渡ったグロピウスを追ってブロイヤーも渡米。ハーバード大学で教職につくと、ニューヨークの事務所を拠点にパリ・ユネスコ本部の設計や、ホイットニー美術館、IBMリサーチセンター、ニューヨーク州立大学など、数多くの大型建築を手がけました。

■ブロイヤーの家具の特徴
ブロイヤーの家具は安定感がありながら、それでいて繊細。その印象はゆったり取られた面と静かな緊張感を持った線のバランスで作られます。ブロイヤーを有名にしたワシリーチェアも、面を作る革部分と線を作るスチールパイプの構成が見事な作品です。ブロイヤーはバウハウスで学んだ機能主義をもとに、材料と生産法、コストなどの工業的な問題を解決しながら量産家具のデザインに力を尽くしました。モダニズムが「スタイル」として扱われるのを嫌ったブロイヤーですが、イソコンプラス社で作られたロンドン時代の家具からは、50年以上経った今でも古びないモダンなセンスを感じることができます。余談ですが、2003年に亡くなった日本の建築家・芦原義信はブロイヤーに学び、銀座のソニービルや、池袋の東京芸術劇場を手がけました。そこを訪れれば、日本でもブロイヤーの息吹を感じることができるかもしれません。




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カテゴリ
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