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荒木貞夫

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詳細 2015年9月18日 17:40更新

どもども〜^^
ないので一応^^

荒木 貞夫(あらき さだお、1877年5月26日 - 1966年11月2日)は大正〜昭和の陸軍大将。皇道派の重鎮であり、昭和初期の血気盛んな青年将校のカリスマ的存在であった。


[編集] 来歴・人物
東京都狛江市出身。誕生日は木戸孝允の命日でもある。日本中学中退を経て、1897年11月陸軍士官学校卒業。1904年2月陸軍大学中退。

第一次世界大戦中はロシア従軍武官。 シベリア出兵では特務機関長にて参加。 その後、憲兵司令官等を歴任。

1931年より犬養毅・斎藤実内閣陸相。1934年、軍事参議官。1935年、男爵。1936年、二・二六事件の粛軍の結果予備役編入さるる。

1938年・1939年、第1次近衛文麿内閣・平沼騏一郎内閣文相として国民の軍国化教育に邁進した。

A級戦犯に処せられて終身禁固の判決を受け服役。1955年、仮釈放。東京裁判ではのらりくらりとしながらもその堂々とした態度が、他の被告人らを奮い立たせたともいわれている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

荒木貞夫は八の字ヒゲの独特な風貌をと雄弁で知られている。

皇道派の重鎮で、軍人の中の軍人。荒木大将に対してのエピソードには枚挙にいとまがない。

例えば、「無罪!」と言えばいい罪状認否(アレイングメントなのに「起訴状を大観致しましたが、一番最初に書いてある平和、戦争、人道に関しての罪状については荒木70年の生涯における自信を失うものであります。ゆえに承服することはできません」と雄弁をふるってウエッブ裁判長を困惑させた。また、スガモプリズンでも夏場、ビタミン剤を2錠支給されるのだが、その日たまたま、荒木の前には1錠しかなかった。そこで、MPにねだったところむげに断られてしまった。それに怒った荒木は、1錠を口に含み通路に吹いた。それに怒ったMPは、「昔は大将だったかもしれないが、今は囚人だ」といった。その返しがとてもおもしろい。「無礼者!囚人になっても大将は大将だ」と一括したなど。

僕は、このような荒木貞夫の一貫した武士道精神に敬服いたします。


なんだか、かっこよくないすかねえ?^^
それに賛成な人でもいいです。
コミュニティに入ってください^^

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2006年12月19日

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カテゴリ
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