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コンパイ・セグンド

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詳細 2016年9月19日 23:15更新

キューバのミュージシャン、コンパイ・セグンドCompay Segundo。コンパイ・セグンド、本名フランシスコ・レピラードは、1907年11月18日、キューバ島東部の山間にあるシボネイに生まれ、サンティアゴ・デ・キューバでソン(サルサの原形にあたるキューバ独自のダンス音楽)を子守歌にして育った。

1920年代には既にギターとトレスの奏者として頭角を現わし、昼間はタバコ農園夫や理容師として働き、夜は地元のバーで演奏した。15歳の時に初めて<ヨ・ベンゴ・アキ Yo Vengo Aqui>を作曲、以後何百曲もの作品を書いている。1930年代にはクラリネット奏者としても活躍したが、彼が「アルモニコ」と名付けたギターに似た独自の楽器を考案したことでも注目を集めた。1934年にニコ・サキートのクィンテット・キューバン・スターズで演奏して以来、ハバナ在住となり、その後はハバナ市立バンド、クァルテット・アトゥエイ、コンフント・マタモロスといったグループに参加。

1942年から活動した、同郷のロレンソ・イエレスエロとのデュオ、“ロス・コンパドレス”で13年間の黄金時代を迎える。コンパイ・セグンドと呼ばれるようになったのはこの頃で、コンパイとは「コンパドレ(仲間)」のスラング、セグンドは「2番目の」という意味で、彼のトレード・マークであるバス・ハーモニーの第2声を意味している。

その後コンパイ・セグンド・イ・ムチャーチョス(“コンパイ・セグンドと息子達”の意)などで活動するが、やがてキューバ音楽界のパノラマからはまったく姿を消してしまうこととなる。しかし、彼本人は音楽を一日足りとも止めたことはなく、1989年に音楽学者の手によって、ヨーロッパの音楽界に紹介され人気沸騰、パリやアメリカなど欧米各国で単独ツアーも行い大きな人気を呼ぶ。本国キューバでもすぐさま国宝級の扱いを受けることとなり、ライ・クーダーやワールド・サーキットのニック・ゴールドらのたっての願いにより、あのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのレコーディングとコンサートに参加、ヴィム・ヴェンダースによる同名映画にも出演、強烈な印象を残すことになるのである。

2003年7月13日、数カ月の間、重症の腎炎などで体調不良を訴え、今夏欧州各地で開催予定だったコンサートを延期していたコンパイ・セグンドは、ハバナ・ミラマー地区の自宅で亡くなった。95歳だった。

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開設日
2006年11月30日

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カテゴリ
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