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Hermann Prey

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詳細 2015年2月19日 21:26更新

ヘルマン・プライ(Hermann Prey, 1929年7月11日 - 1998年7月22日)はドイツのバス・バリトン歌手である。
プライはベルリンに生まれ、ナチス・ドイツ時代のドイツで育ち、徴兵される直前に第二次世界大戦が終結した。ベルリン音楽大学でギュンター・バウムやハリー・ゴットシャルクについて声楽を学び、1952年、フランクフルト・アム・マインで行われたヘッセン放送協会の音楽コンクールで優勝する。
彼は歌曲リサイタルで歌い始め、翌年ヴィースバーデンでオペラの初舞台を踏む。その後ハンブルク国立歌劇場に加わり、1960年までそこで歌った。ハンブルク時代の最後の数年にはザルツブルク音楽祭を初め各地でしばしば客演した。
1960年に『タンホイザー』のヴォルフラムを歌ってメトロポリタン歌劇場にデビューしたあと1970年ころまで頻繁に出演し、1965年には同じ役でバイロイト音楽祭にもデビューした。初期にはヴェルディも歌うことがあったが、後にモーツァルトやR.シュトラウスの作品を中心に歌うようになった。また、プライはオペレッタもよく歌い、テレビ放送に出演したためテレビ視聴者から非常な人気を博した。
得意なレパートリーはモーツァルトの『フィガロの結婚』(フィガロと伯爵の両方を歌う)、『魔笛』(パパゲーノ)、『コジ・ファン・トゥッテ』(ドン・アルフォンソ)、『セビリアの理髪師』(フィガロ)、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(ベックメッサー)、『こうもり』(アイゼンシュタイン)などブッフォ系の役で天衣無縫な歌唱が聞かれる。
プライのレパートリーの最も核心をなしていたものは自身で「私の人生の中心」と語っていたように、シューベルトであり、シューベルトを初めとするドイツ歌曲は極めて高く評価された。ときおり音程が不安定になることもあるが、豊かな感情表現でそれを補っていた。1970年代から80年代に掛けて、フィリップスレコードにミンネゼンガー歌曲から20世紀に至る歌曲の歴史を辿った『ドイツ歌曲大全集』のレコード録音を行うなど、5歳年上のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウと常に比べられながら、この歴史的大歌手に次ぐ体系的な録音を残した。他にも彼は多数のオペラや歌曲のレコード録音を行った。
そのほか声楽を含む演奏会、とりわけJ.S.バッハの受難曲やブラームスの『ドイツ・レクイエム』にもしばしば出演した。 アメリカでの初のリサイタルは1956年で、また日本では1961年に始めて演奏会を開いた。シューベルト生誕200年だった1997年にはサントリー・ホールにおいて1月24日からシューベルトの誕生日である1月31日を挟んで2月5日までの12日間でミヒャエル・エンドレスとともに『シラー歌曲集』、『美しき水車小屋の娘』、『ゲーテ歌曲集』、『冬の旅』、『さまざまな詩人による歌曲』『白鳥の歌』の6回のコンサートを行い、シューベルト・イヤーの目玉となった。最後の『鳩の使い』では歌詞を忘れてしまい、演奏が中断されたというエピソードが残っている。
1982年から、彼はハンブルクの音楽大学で後進の指導を行い、自伝を書いた。また、1976年オーストリアのホーエネムスでシューベルティアーデ音楽祭を主催、自ら歌うとともに、優れた演奏家を招いて毎年多くの演奏会を企画した。1988年にはザルツブルク音楽祭で『フィガロの結婚』の演出を行った。
プライはバイエルン州クライリングで心臓発作のため死去した。
(Wikipediaより)

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